美貌の青空
 
静かな室内にぱらりと書を捲る音がする。
藍州における、去年までの作物の出来高についてと、それに伴う、税制についての経緯を纏めて閉じたものだった。その門外不出ともいえるべき、綴りを捲っていた楸瑛は、室に入り込んだ微風に気が付くと、その端正な面をあげた。
「少し、休むとするか」
朝餉を取った後、ずっと室に篭り、綴りに目を通していたのであった。
気が付けば、昼餉も近い刻限である。
楸瑛がいなかった間の藍州について学ぶべく、自ら目を通すことを希望したもので、貴陽においてのそれよりもずっと、こと細かに書いてあり、こうしてみると、やはり本家と貴陽との距離を感じずにはいられなかった。
磨き上げられた黒檀の机に書を置くと、露台へと続く瀟洒な細工の施された扉を開け、外の空気を胸に吸い込む。
清涼な風がさあっと吹き、露台に佇む楸瑛の髪を靡かせる。
「もう、貴陽をでて約半月か…」
抜けるような高い空は、どこまでも青く、雲ひとつないような好天である。
「今頃、朝廷では朝議を終えて、執務に取り掛かる頃かな」
そう呟いて、楸瑛は微苦笑する。

我ながら未練なものだと思う。
自分の居るべき場所ではないと、去っておきながら、こうしていても、ふとした瞬間に思い出してしまうのだから。
ここはとても静かだ。
周囲を水に囲まれたこの城では、街の喧騒も届いてはこない。
もっとも、王宮においても街の喧騒が届くなどということはなかったはずなのに、何故かあそこでの日々は騒がしかったことばかりが印象に残っている。
年若く、少々頼りなさげにも見えるお人良しの王と、それを補佐するべく側にあがった、自分よりも二つ下の真面目な友人。
弱音を吐いたり、愚痴を零すのを聞いては、側近である彼が、王に対して眦をつりあげて怒っていたなと懐かしく思い出す。
そして、そんな彼を揶揄しては、自分に注意が向けられるのが嬉しくて、その姿みたさに、更に茶々を入れていた。
騒がしくも、鮮やかな日々。
そんなことを考えながら、空を見上げると、鳥が弧を描いて空を旋回していく。
「鳶かな?」
楸瑛は日を遮るように手を翳し、その鳥の姿を目で追う。
鳥は、楸瑛がみていることなど全く関係ないとでもいいたげに、優美な翼を力強く広げ、
空を渡っていく。
「鳥でさえ、自らの飛び方を知っているのに、私は未だに行き場がみつからないとはね」
もし、自分にあの翼があったのなら、会いたい人のもとに飛んでいかれるのだろうか。
こうして目を閉じて、その人の姿を思い描くと何故か怒っているような顔ばかり浮かぶのは、彼に対しての負い目がそうさせているのだろうか。
「仕方がなかったんだよ…」
誰にともなしにそんなことを呟いてみる。
(そんなことを言ったら、君はまた怒りそうだけれどね)
「できることなら、君をもう一度この腕の中に抱きしめたいな」
そのときは、笑顔の一つでも、みせてくれると嬉しいのだけれど。
やがて鳥は、楸瑛の視界から遠ざかり、小さくなった姿が完全にみえなくなる。
楸瑛は、遠く離れた貴陽に思いを馳せるように、もう一度、彼方を見つめるが、埒もないことだとばかりに瞳を閉じると衣を翻し、再び室へと戻るのだった。

 
2007.4.22

コメント
藍楸瑛補完計画?!藍州帰ってもグダグダであろう楸瑛を書きたかっただけ。ナル男入っているかも?!という突っ込みはなしで(笑)あ、と一応恋人設定で!でもおそらく友達以上恋人未満だったのかも…(笑)ヘタレだから。





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