HAPPY HAPPY DATE  3


半信半疑ながらついてきた二人を振り返り、不二はにこやかな笑みを浮かべたまま、K大生に言う。

「僕もちょっとテニスをやるんですよ。良かったら、試合してもらえませんか?」
「やめときなよ、不…周助!」

英二は不二を止めようとするが、不二は聞かない。

「大丈夫だよ。英実ちゃん、ちゃんと手加減はするから」
「あの、そうじゃなくて…」

だが、英二の訴えは双方に聞いてもらえず、サーブを打つ際の声と、耳をつんざく様な彼女の黄色い声に掻き消される。

不二はその場から一歩も動かないまま、黄色いボールが不二のコートに吸い込まれていく。

「ああ、ごめん不二くん。ちょっとスピードが出過ぎちゃったね」
「ああ…」

英二は思わず溜息をつくが、隣の彼女は漸く、自分の彼氏の格好良い姿を見られてお満悦のようだった。

「不二くん、今の点数はなかったことにして、ここから始めよう!さぁ、どこからでも打ってきていいよ」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」

不二は穏やかな笑みを一瞬消すと、どうということのないショットを打つ。

けれども、どうということのないショットに見えたはずのボールは、相手コートに鋭く突き刺さった。

「い、今のは、ちょっと油断してたからっ」

そう言い訳すると、ここからが本気だと言わんばかりに、K大生は気合の入ったスマッシュを打ってくるが、あっけなく返され、ラインぎりぎりに落ちる。

渾身の一撃を無効化され、何がどうなったか分らないという様子で立ち尽くす相手に不二は首を傾げてみせる。

「やっぱり、借り物のラケットだと思うようにいかないな」
「このっ!」

完全に頭に血が上ったらしいK大生だが、不二にいいように振り回されて、一度も良い所を見せられないまま、試合終了になってしまう。

「だから、やめてって言ったのに」

英二は、未だコートに両手をついて荒い息を繰りかえす、K大生を見て呟いた。

不二の方は、良い運動をしたとばかりに、爽やかな笑顔で乱れた前髪を手ぐしで簡単に直しているだけだった。

「何がテニスでインカレ行ったよ!恥かいたじゃない!さいってー!」

彼女はそう言い放つと、思い切りよく平手をかます。

「待ってくれ!遥!」

後に残された、K大生は頬を押さえながらも、彼女の後を追う。

「さ!英二。邪魔者はいなくなったし、ここから本当のデートを楽しもうか」

不二は、まさに天使のような悪魔の笑顔を浮かべて、晴れやかに言うのだった。

 

 

 

「不二ってホント、容赦ないよねー」

英二は、首から提げた大きなバケツに入ったポップコーンを口に放りこんで歩きながら、隣にいる不二をちらりとみやる。

「何のこと?」
「樋熊落としまで、やることないじゃん。ちょっと可哀想だったよ」
「ああ、さっきの試合のこと?だってね、あの人、英二に言い寄ってたし。ちょとのぼせてるみたいだから、涼しくしてげようと思ったんだよ」

親切でしょう。と言い切る不二に、英二は開いた口が塞がらない。

味方にすれば、これほど頼もしい相手はいないが、敵に回すとこれほどやっかいな相手もいないだろう。

「そんなことより、次は何乗るの?英二」
「んー。えっとね…」

不二の言うとおり、同行者の目を気にしなくてよくなったお陰で、伸び伸びと楽しむことができた。

こういう場所では主導権は英二にあるとばかりに、不二は英二の後について回り、時折立ち止まっては、カメラを構えるくらいである。

「不二、写真撮ってもらおう!」
「いいの?」
「別にもういいよ。この格好も、もう慣れた。それに不二と一緒に写りたい」

英二は、園内を闊歩するキャラクターを捕まえて、腕を組んでVサインをする。

不二は近くにいるキャストに頼んで、シャッターを押してもらう。

不二も加わることになった写真で、英二はキャラクターと組んでいた腕をほどいて、不二と指を絡めて手を繋ぎ、キャラクターは後方に回ってもらうことにした。

ベンチに座って写った写真を早速デジカメで確認すると、どう見てもテーマパークでのデート写真で、何だか面白くて笑ってしまう。

「英二、何、笑っているの?」
「ん。何か本当にデートみたいだなって思ってさ」
「デートじゃないの?」
「え?」

「だって、英二デートしてって僕に言ってきたし。てっきり僕はそう思ってたんだけど」

不二からの思わぬ応えに、英二は瞳を瞬かせる。

「不二は、女装が好きなわけ?」
「何で、そうなるの」

どうやら、英二の言葉に気を悪くしたらしく不二は眉を顰める。

「じゃあ、男が好きなわけ?」
「だから、どうしてそうなるのって言いたいんだけど」

不二は、女装が好きなわけでもないし、男とデートしたいわけでもない。となると、何故女装した英二とデートしているのだろうか。

英二は考え込んでしまう。

「英二は、どうして僕に声をかけたの?」
「どうして…って。あれ?何でだろう」

確かによくよく考えれば、不二でなくても良かったわけだ。

高校生の振りをしてデートとなれば、例えば乾とか手塚とかに頼んでもよかったわけだ。

乾は身長ならば、成人男性の平均身長よりはるかに高いわけだし。と英二は乾とのデートシーンを想像してみる。

頭に浮かんだシーンは、乾汁を二人で一つのストローで飲むという世にも恐ろしいイメージで英二は頭を振ってやり過ごす。

では、手塚ではどうだろうか。

手塚の場合、下手すると保護者にも間違えられるほどなので、高校生にもなって父親同伴でテーマパークに来るファザコン。あるいは援助交際中な女子高生か。

(ダメだ。警察に通報される)

これまた、英二は頭を振って次をシュミレーションしてみる。

では、大石ではどうだろうか。

大石ならば、気心も知れてるし、彼氏役にぴったりだ。

そう、例えば二人乗りのカートなどで息の合ったコンビネーションを見せられるに違いない。

けれど、息が合うどころか、シンクロしてしまってコンピューターの制御すら、ぶっちぎってしまい、係員に怒られそうだ。

では、タカさん。

優しいし、穏やかでタカさんなら…いや、もしも、ここでバーニングしてしまったら、とてもではないが、弁償できる自信はない。

そうなると、やはり不二しかいないのだろうか。

「英二、百面相しすぎ」

不二は、くすくすとおかしそうに笑う。

「ちょ、人が真剣に考えてんのに邪魔しないでよ!」
「そんなに考え込むことないよ。だって答えは簡単」
「どーゆーこと?」
「僕の恋人になって」

英二は、不二の言葉に目を瞬かせる。

コイビト。それは所謂、彼とか彼女とか言い合う間柄。否、自分たちの場合、彼と彼になるわけだから、不二の言うように恋人という言葉が一番しっくりくるわけだ。

そう言われると、不二をデートに誘ったのは自分も不二のことを『好き』だったからなのかなと思うようになる。

「うん…」

英二が頷くと不二は見惚れてしまうくらい綺麗に微笑んで、小さな包みを英二の掌に載せた。

「誕生日プレゼント。一日早いけどね。来年も二人でここ来ようね」
「プレゼントありがと。でも来年は俺、普通の格好で来るからな」

そう言うと、英二の恋人はおかしそうに笑う。

こうして、15歳を目前に控えた、14歳最後の日は恋人とデートという最高のプレゼントで締めくくることができた。

しかし、コイビトなどという言葉はまだまだ英二には面映い。

「あー、ねェ不二見て!あそこの池、鳥がいるー!」
「英二、鳥なんかより僕をみてよ」

なんだか、急に不二の顔をみられなくなって、英二は不二から、視線を逸らしわざとらしく大きな声をあげるが、不二の不満そうな声と共に、少々強引に不二のほうに振り向かせられる。

(ああ、やっぱ不二って睫毛長いなぁ。ホント綺麗な顔…)

頬に手を添えられ、ゆっくりと不二の顔が近づいてくるのを英二はどきどきと高鳴る、胸の鼓動と共に観察する。

「英二、キスするときは瞳くらい閉じてくれない?」
「ああ、ごめん!」

英二は、慌てて言われたとおりに瞳を瞑る。

周囲からは、石畳を走り回る子供の声や、ジェットコースターの乗客からの悲鳴が聞こえる。そんな雑音も柔らかいものが唇に触れたのを感じた瞬間、霧散する。

初めてするキスは思いの他、甘くて英二は癖になったら、どうしようと思うのだった。





2011 .11.28 UP