雨にキスの花束を 5 |
「雨の日が好きだと?」
「雨は木々を育ててくれはるし、雨が降ったあとは空気が澄んで綺麗にならはりますやろ」三蔵の心の中では今も闇夜にふる雨が降り続いているのに、こうしてヘイゼルの言葉を聞いていると、ほんの少しだけ雨足が弱くなり、今にも雲の切れ間から月をだすような錯覚におそわれる。
「といってもうちもさっきまでは、急にふられてついてへんって思うとったけど、こうして三蔵はんに思いがけず会えたから、恵みの雨と思えたのかもしれへんわ」
「それは良かったな」臆面もなく言われた台詞に、三蔵は幾分動揺したのか、新しく取り出した煙草に火をつけようとするが、何度やってもカチカチとした、砥石を擦る音ばかりが響くばかりで、一向に火は灯らないでいた。
「くそっ!」
三蔵はとうとう煙草を吸うことを諦め、咥えていた煙草をパッケージに戻そうとした。
だが、それは三蔵の口元を離れた途端、何か暖かいものでその唇を塞がれる。突然の出来事に唖然としている三蔵を尻目に、煙草を持った手は絡めとられ、我に返ったときには、ヘイゼルの整った容貌が眼前に楽しげな表情と共に広がっていた。
「て、てめぇ〜!」
何しやがると続けた三蔵は、頬に朱を散らし乱暴に自分の袖で口元を拭っている。
「そないに、露骨に嫌がられると、うち傷つくわ〜」
苦笑してヘイゼルは告げる。
「何のつもりだ!」
「何のって言われはっても…。三蔵はん見とったら触れとうなっただけやわ」詫びれた様子もなく、しれっとして言ってのけるヘイゼルにそれ以上言葉が見つからない。
「あぁ、三蔵はん見てみぃ。雨が上がってきたようやわ」
促されて、視線を空に向けると、確かに厚く覆っていた、暗い雲はいつの間にか途切れ、光が差し込んできていた。
「さて、うちもそろそろ、いかなあきまへんわ」
ヘイゼルはそう言って、テンガロンハットを深く被りなおす。
「ああ、そうや三蔵はん、これ受け取ってくれなはれ」
「お前これは…」ヘイゼルは思い出したかのように抱えていた花束を三蔵に渡す。
あれほど、大切そうにしていた花をあっさりと渡す、ヘイゼルの意図がわからず、三蔵は怪訝な表情をする。「うちには、もう必要のなくなったものやから、もろうておくれやす」
どんな大輪の花も適わない、凛として芳しく咲き誇る花。
「ほんまもんに会えたから、うちにはもう変わりは必要あらへん」
意味が分かっているのか、いないのか考え込むような仕種を見せる三蔵にふと悪戯心が沸きあがる。
素早く頬に掠めるだけの接吻を送ると、三蔵の拳が飛んでくる前に見越してよける。「この、変態司教!避けるんじゃねぇ」
「ひどい言われようやわ」ヘイゼルは三蔵からみれば、何がそんなにおかしいいのかと思うくらい先ほどから笑いっぱなしだ。
「三蔵はんに神のご加護がありますように」
ヘイゼルは、ふと表情を改めると、真摯な眼差しで三蔵をみつめる。「ふん、何かに守ってもらうほどやわな人生送ってきてねぇよ」
相変わらずの憎まれ口だが、それすらも三蔵らしいと思え、ヘイゼルは口元が綻ぶ。
「ほな、またお会いしましょ」
ヘイゼルの言葉に今度は返事はなかった。だが気にしたふうもなく、ヘイゼルは右へ、三蔵は左へと一歩を踏み出す。
離れていても、想い続けていればいつか、またこうして会えるだろう。そう信じて互いに後ろを振り返ることなく歩んでいくのだった。
END
雨をテーマにすると、どうしても暗くなりがちなので、人生晴れの日もあるさ!というカンジで書きたかったのです。
三蔵一向には、雨よりも晴が似合うと思います。頭を上げて進んでいってほしいなという思いを込めて。
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2006.5.14 |