合縁奇縁…?□


「本ばかりで、風情のかけらもない部屋だ」
「うるさい」
 人の部屋に足を踏み入れるなり、そうのたまった奇妙奇天烈男に、絳攸は深いため息をついた。


(なんでこんなことになったんだ)
 こんな状況に陥った原因に心を巡らす。そもそもこの男――藍龍蓮が、何故か、いきなり宮中に現れたのが元凶なのだが。
 止むに止まれぬ事情だったのだ。宮中に勝手に泊まられては困るし(というか、宮中にあっさり入れている時点で、あそこの警護はどうなっているのかと思う)。龍蓮は藍邸に泊まることは断固として拒否し(我侭抜かすな。大人しく泊まれ、と言いたい。というかどう考えても、それが普通だろ。と思うのだが、今となっては後の祭りである)……そうしたら、秀麗が『じゃあ、うちにくる?』などと提案するから……それに反対したら、成行きで、絳攸のところで引き取ることになってしまった。……仕方が無かったのだ。邵可様にご迷惑をおかけするわけにはいかない。それにあの養い親が『藍家当主の末の弟が、邵可様と秀麗と夕食。しかもそのままお泊り』なんてことを耳にしたらと思うと(というか、絶対に察知する……)――自分のところで引き取る方が数倍マシな気がする。
「しかし、今宵はなんと美しい月夜であろう。このまま書物に埋もれて眠りに着くのは、あの月に対して失礼と言うもの」
 絳攸が、心の中で自分に言い訳して何とかこの状況を納得しようとしている間に、龍蓮は龍蓮で、一人勝手に話を進めている。
「ということで、愚兄其の四の親しき友よ。今宵の寝床は決まった」
「……は?」
 すっと立ち上がった龍蓮に、絳攸は全く着いていけず、部屋を出て行く彼を見送ってしまう。ようやく現状を把握し、慌てて後を追ったのは数秒後のこと。追いついた時には、何故か龍蓮は、庭に寝転がっていた。
「何をしている、おまえはっ!?」
「何を、とは無粋な。この明けし月を称えて、今宵はここで月を見ながら寝ることにする」
「ふ、ふざけるなっ。こんな所に寝られては迷惑だ。さっさと邸の中に入れっ!」
 一応、絳攸の邸だが、ここは紅邸の離れでもある。つまり、この庭の向こうに見える母屋の中には、養い親たちが住んでいるわけで。ちなみに今回の龍蓮のお宅訪問については、黎深には言っていない。だから、こんな所を見られるのは、かなり後ろ暗い。というか怖い。出来るだけこっそりと一晩を過ごして、明日には何事も無かったかのように追い出すのが理想、なのだが。
「ふざけてなどいない。この妙案を解さぬとは、やはり愚兄其の四の親しき友。類は友を呼ぶというが、風流の分からぬ朴念仁というわけか」
 何故かため息をつかれ、呆れ口調で言われてしまうに至っては、絳攸の対して長くも無い気が持つはずもない。
「何が妙案だっ。そういうのを傍迷惑というんだ!! それから、誰が『愚兄其の四の親しき友』だ。あんなのは腐れ縁で十分だ……じゃない、俺は、李絳攸という歴とした名前がある。名前で呼べっ、そして早く中に入れっっ!」
「そうか。では、愚兄其の四の腐れ縁の李絳攸、先ほどから見ていれば、大分余裕が足りない様子。ここは共にあの月を眺めながら、心に潤いを取り戻すがよい」
 ――話が通じていない。ここに来て絳攸ははっきりとその事実を認めた。本当にコレは同じ人間なのだろうか……。
「月だけでは足りぬというのなら、私が即興で一曲」
 そう言うと徐に横笛を取り出して吹き始める。それがまた、摩訶不思議なくらいに下手くそというか……近所迷惑間違いなしの音色である。絳攸は脱力しかけた、が、同時にはっとして、龍蓮の笛をぐっと掴んだ。龍蓮が笛を吹くのを止めて片眉を上げる。
「た、頼むからここで吹くのは、やめてくれ……」
 絶対、聞こえる。間違いなく聞こえている。
 母屋にいるであろう黎深を思い浮かべて、絳攸は青ざめた。
「――心配せずとも、紅家当主が、ここに来ることはない。そなたが自ら招いた人間を追い出すこともないだろう。確率は9割9分」
「――――」
「残りの1分は、そなたが悲鳴でも上げて助けを呼んだ場合になるが、そなたが決してそうはしないだろう。ならば、紅家当主がここへやって来ない可能性は10割」
 すべてを見通したような物言いに、目の前にいるのが『藍龍蓮』なのだということに改めて思い至る。藍家の中でも特別な者にだけ与えられる名。
 絳攸は、彼に対する評価を改める必要があるかもしれない、と思いかけた。……が、その時絶妙の頃合で、再びピーひょろロろろ〜と、間の抜けた音が聞こえたため、絳攸はすっかり力が抜けてしまった。
「……わかったから、とりあえず今夜は家の中で寝てくれ。――こんな所で寝られて、風邪でもひかれたら寝覚めが悪い」
 もう、怒鳴る気力もなかった。恐るべし必殺アイテムである。
 龍蓮は、途中で笛を止められたことに対して不満な様子だったが、意外にも今度は素直に絳攸の後について邸の中に入った。
「月の光の下で眠りにつくことに比べると、なんとも無粋極まりないが、仕方が無い。愚兄其の四の腐れ縁殿が泣いて頼むのだから、拒否するのも忍びない。まあ、理想の賤屋とはいかないが、無駄に綺羅綺羅しいあの邸に比べれば格段マシというもの」
 もう、どこからどう突っ込んで良いのかも分からない。
「気に染まぬ宿で悪かったな」
 気力を振り絞って言葉を返す。
「そうでもない。まあ風流とは程遠いが、これはこれで良い体験だ。それに、愚兄其の四が貴陽に留まった理由にも得心がいった」
 一人で納得顔であるが、こっちは得心も何もない。
「分からない、といった顔だな。――だが、それで良いのだと思う。楸兄上は、良い出会いに恵まれたようだ」
 龍蓮はそれ以上話すことは無いといった風に、さっさと寝の準備に入りだした。
ようやく大人しくなってくれそうなので、絳攸はそれ以上の詮索はやめた。頭上の変な羽やら余計な飾りだのを取り払った龍蓮は、やはりどこか兄の楸瑛に似ていると思った。
(これはこれで良い体験、か)
 まあ、そうかも知れない。
 ちょっとだけそんな風に思えた絳攸だったが、翌日、異様に早起きな龍蓮に叩き起こされ、庭の草むしりを手伝わされる頃には、そんな感慨はすっかり消え去ってしまった……。


「何とかしろ、『愚兄其の四』!!」
 府庫に絳攸の叫び声が響き渡り、その日の龍蓮の宿は、紅邵可邸となったのだった。

2006.6.17


コメント
霞上さまからいただいた龍蓮と迷子のお話。日記で触れていたのを読みたいです〜と書いたら、何と捧げものとしていただいちゃいました!(嬉)
龍蓮と迷子の組み合わせは、とても大好きです。原作でも絡んで欲しいなぁ…。


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