HONNY BE 2


絳攸の強い光を宿した瞳で睨まれて、劉輝は存外可愛いものだなと思ったことが顔に出てしまたのかと慌てる。

「その、ちょっと色々思うことがあったのだ」
「そうですか…」

言葉を濁した劉輝に絳攸は、慕っていた兄公子との思い出でも懐かしく思い返し、それでつい口元が綻んでしまったのだとしたら、睨んで悪いことをしたと思い、それきり口を紡ぐ。

いくらか、陰りを落とした絳攸の瞳に、今度は劉輝が慌てる。
一体、どうしたというのか。何か気を悪くするようなことを自分は言ったのだろうかと、頭の中でぐるぐる考える。

考えるが、まるで検討がつかないまま、官服の襟足の間に入り込んだ花弁を発見する。

(それにしても李とは黎深もよく付けたものだ)

絳攸の項をみてふとそんなことが思い浮かぶ。よく名は体を現すというが官服から、覗くその肌はまるで雪のように白く、同性だというのに妙に妖しい気分になる。

否、元々同性に対してもその手の欲望を抱ける性質である為、これは非常にまずいのではないかと劉輝は思う。

(いかんのだ!余は、余は一筋と決めたのだ)

おかしな妄想を打ち払い、これはあくまで親切なのだと自分に言い聞かせる。
着物の合わせ目に入り込んだ花弁を取るべく、指を伸ばそうとする。

「あっ…」

焦っていたせいか、官服の襟足に触れようとして、手が滑り偶然にその肌をなぞってしまった。
途端、漏れでた、ついぞ聞いたことのないような絳攸の声に劉輝は動きを止める。
絳攸も思わずでてしまった、自分のおかしな声に気がついたのか、赤面して慌てて口を塞ぐ。

「こ、こ、絳攸?」
「しゅ、主上の手が冷たかったんですよ!」
「そ、そうか手が冷たかったのだな。す、すまないことをした」

真冬でもないのに、そんなに自分の手は冷たかったのだろうか。だが、絳攸が手が冷たかったというのだからそうなのだろう。気を取り直し、深呼吸をして、逃げる花弁を摘みあげた。

だが、はからずしも、襟足から見える肌を覗きこむことになった劉輝は肌に咲いた鮮やかな朱の花弁を発見し、先ほど、絳攸があげた声の意味を知ることとなってしまった。
これは自分の経験上、どう考えてもつい最近つけられたものでろうと予測がつく。
そして、昨夜は確か楸瑛が、酒を飲み交わそうと絳攸を藍邸に誘っていた。

(楸瑛、そなたは何をしておるのだ)

劉輝は、この場に居ない双花の片割れを呪った。
いつも、怜悧な印象を与える貌は未だ朱に染まっていて心なしか、その瞳も潤んでみえる。

(余は、手を握ることさえできぬというのに!)

愛しい相手は遥か離れた空の下。日々、寂しい一人寝の日々だというのに、これはあまりではないだろうか。
誠意を見せる為、誰かと寝台を共にすることをしなくなって久しい。

ところが、目の前には今を盛りと咲き誇る李の花がある。
ご無沙汰だった感覚がふいに甦り、劉輝は思わず鼻の辺りを押さえる。

「主上?」

急におかしくなった王の様子を訝しげに絳攸は覗き込む。

「熱でもあるんですか?顔が赤いですよ」

絳攸は小さい子供にするように、劉輝の額に自分の額をくっつける。
ふいに鼻腔をくすぐるふわりとした香の甘い匂いに劉輝は慌てて飛びのく。

「余は、絳攸を信じておったのに〜!」
「は?何言ってるんですか?訳が分かりませんよ」

絳攸の傍ならば、そういったこととは無縁であろうから、愛しい人への想いを募らせることもなく心穏やかに、日々を過ごせるだろうと今の今まで思っていた。

ところが、最後の砦であったものは,あっさりとその砦を崩されていたのだった。

「主上、まさかそこら辺に落ちているものを口に入れたりとかしてないでしょうね?」

突然の変化に、これはいよいよ拾い食いでもしたのかと、絳攸は問い詰めるべく劉輝との距離を縮める。

「絳攸、余に近寄ってはいかんのだ!今の余はおかしいのだ」
「安心なさい、いつだっておかしいですから!」

(楸瑛助けてくれ!)

劉輝はじりじりと迫りくる絳攸に壁際まで追い詰められ、半泣状態になる。

 

―紫劉輝二十歳。彩雲国国主―。心と体は別物な至って健康な成人男子である。彼が、朝廷内恋愛禁止の勅令を出すのはこの後すぐのことだった。


                                  
                                 END

                                                             2006・6・10


ポチと迷子。赤ずきんちゃんは、狼にとっくの昔に喰われています。(笑)
ポチが想っているのは、秀麗ですかね…多分。ま、特定はしていないので静蘭でも可(笑)


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