LOVELYBABY

 

孫悟空は、目の前の光景を『面白くない』といったことがありありと分かる表情で見ていた。
「三蔵はんとこうして偶然会えるやなんて、うち感激やわ」
そう言って、青い瞳の異国の司祭は、連れの大男と共に三蔵一向の前に現れたのだった。
今夜の宿屋を求めて、ジープから下りたのは、ほんの30分ほど前。
そのときは、清潔なシーツと値段の割りに案外広い部屋に、ちょっとした幸せを感じていたのだった。それに何より、大好きな恋人(三蔵は至って認めていないが)と同じ部屋。
これで、喜ばない輩はいないだろうという状況だった。
ところが、宿屋の階下で食事を終しようと、向かう最中に宿帳のところで、何かにぶつかった。
その人物が背中を向けていたため、と、悟空が余所見をしていたという二重の状況下に於けるアクシデントだった。
そして、振り向いたその人は、自分たちを認めるや否や冒頭の台詞を発したのだった。

「何故、貴様がここにいる?」

「ちょとした依頼をしてきはった方がこの辺に住んではるんや」
三蔵たちの胡乱げな視線、内一人のモノクルをかけた青年などは明らかにおかしな気を発しているが、
それは不幸にも隣に座ることとなった、悟浄を凍えさせるばかりで、ヘイゼルはどこ吹く風と言った様子で食事を続けている。
「何で、三蔵の隣に座るんだよっ!」
「何でと言われはっても、ここしか席が開いてなかったんやから、仕方ないわ。それにぼんかて、三蔵はんの隣に座ってはりますやろ」
ヘイゼルはきょとんとした表情で、食事の手を休める。
確かに、丁度夕食時である、この時間は食堂も混んでいて、ヘイゼルの言っていることも間違ってはいないのだが、悟空の座っているところはいわゆる、お誕生日席と呼ばれるもので、時計回りに悟空、三蔵、ヘイゼルとなっていて、はたしてこれを隣と呼べるのかどうかは、はなはだ疑問である。
しかも面白くないことに先ほどから、悟空はまったく飲めない、酒の話で何やら盛り上がっているようで、それもまた悟空が頬を膨らます原因の一つだった。
「…で、うちはこの赤が一番や思いますのんや」
「まぁ、渋みがちょっとあることを覗けば悪くねぇな」
三蔵は、ヘイゼルの奢りだというワインに舌鼓を打っていて、彼にしては珍しく口元に笑みさえ浮かべているようだった。
悔しいことに寄り添う(というふうに、少なくとも悟空の瞳には映った)二人の姿はとても絵になり、
食堂にいた女性客がちらちらと、その様子をみているのが見てとれた。
「三蔵はん、ここついてますえ」
ふと、ナイフを置いたヘイゼルが自分の頬のあたりを指す。
どうやら、肉料理のソースがはねたらしく、口許からほんの少し横の離れたあたりに、付着していた。
「ああ?」
指摘されたことが恥ずかしかったのか、三蔵は慌てて、自分の口を拭う。
だが、それでも落ちることはなかった。
「おい、猿、まだついてるか!」
「え、えと、ちょっとだけ」
乱暴に擦ったことにより、頬のあたりに薄く伸びた形跡がみてとれた。
悟空は、三蔵にフキンを渡すべく、テーブルの上のあったそれを掴むが、次の瞬間にヘイゼルが取った行動によって、
一同は一斉に固まることとなった。
「うちが、とってあげますえ」
ヘイゼルは三蔵の顔を引き寄せると、あろうことか頬に舌を這わせたのだった。
「あ    っ!」
「てめぇ!なにしやがるっ!」
ヘイゼルが離れた後には、真っ赤になって怒鳴る三蔵と、この世の終わりのような声をあげる悟空、そして気功をぶっ放そうとして、寸でのところで悟浄に止められてる八戒の姿があった。
 
 
そして、現在。宿屋の一室で、すっかりしょげ返って、尻尾と耳があったら、どちらもぺたんと垂れているに違いない悟空の姿があった。
「猿、煙草」
三蔵は先ほどの騒ぎに加え、すっかり暗雲を背負ってしまった悟空の様子に苛々とした様子で、悟空に煙草を持ってくるように言いつける。
ヘイゼルは騒ぎを起こすだけ、起こしておいて、さっさと自分の部屋へと引き上げてしまい、この責任を誰に押し付けたらよいのかと三蔵は先ほどから、一行も進んでいない新聞を広げながら考えるのだった。
「猿じゃない…悟空って呼んでよ三蔵」
相変わらず、ベットの上でいじいじと膝を抱えたまま、ぽつりと呟く。
三蔵のただでさえ、短い堪忍袋の緒が切れそうになるが、先ほどの騒ぎで無駄な体力と気力を使ったため、これ以上の面倒ごとは避けたかった。
「わかった、悟空」
溜息と共に吐き出された自分の名前に悟空は先ほどまでの暗さが嘘のようにぱあっと顔を輝かせると、目にみえない耳と尻尾をぴんとたて、大好きな飼い主のところにいそいそと、言われたとおりに煙草とライターを持っていく。
悟空の持ってきた煙草に火をつけ、紫煙を吸い込むとようやく苛立たしさが紛れていく。
「さんぞー、はさ、俺のこと好き?」
その様子を黙って見ていた悟空が、おずおずと問いかける。
じっと大きな金の瞳でみてくる眼差しは、誤魔化さないでと悟空の気持ちを何よりも物語っている。
三蔵は、悟空をちらりと横目で見ると、再び新聞へと目を通す。
その横顔はとても綺麗で、悟空だけがこんなにも三蔵のことを好きで焦っているのではないかとそんな不安がよぎる。
「バーカ」
暫くして、三蔵が口を開き、真っ先に発した言葉はそれだった。
「だから、お前は馬鹿猿だっていうんだ」
三蔵は、かけていた眼鏡をはずし、新聞を畳むと所在投げにベットに座り、三蔵を見つめていた悟空に近寄る。
少し怒ったような三蔵の顔。やはり自分は機嫌を損ねてしまったのだろうかと悟空が思ったとき、ふいに柔らかいもので唇を塞がれた。
唖然とした、悟空が我に返る頃、三蔵の唇は離れていった。
「お前は俺が好きなんだろう。だったら、ヘイゼルのことなんか関係ねぇだろ」
「うん…」
どこか、はぐらかされている気がしないでもないが、三蔵の言う通り、他人と比べてどうこうというのは間違っている。
「いいか、俺は何とも思ってねぇやつにこんなことするほど、お人好しじゃねんだよ」
「三蔵!」
「てめぇ、猿!」
悟空は嬉しくなって、ついその細い腰にタックルをかます。
急な事態に三蔵は対応しきれず、バランスを崩し、悟空を腰にしがみつかせたまま、床に尻餅をついてしまう。
怒ってみえるのは照れ隠しのせい。えらそうな物言いでも、ちゃんと悟空の問いかけに応えてくれる。
そんな三蔵がやっぱり大好きだ。
「離れろ、この馬鹿猿!」
「やだ!」
三蔵の言葉によって、急上昇した悟空に怖いものなどなかった。
いつものごとく、ハリセンでしこたま頭を殴られるが、その痛みも気にならないくらい幸せだった。
「ね、三蔵、俺はいつだって全力で三蔵のことが好きだかんな!」
答えてくれない恋人を悟空は気にするでもなく、座ったことによって、普段は自分より高い位置にある唇が間近にあることに気がつき、悟空はそっとキスを送るのだった。


2006.6.18

キリ番1234リク。なな様に捧げます。ヘイ三で、ヘイ様を拒めない三蔵だけど、最後は空三でラブラブとのこと。如何でしょか?少しは課題クリアできましたでしょうか?!遅くなり申し訳ありません。(汗)


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