「金蝉!みて!みて」
悟空が子供特有の甲高い声で、嬉しそうに叫ぶ。
何がそんなに楽しいのかさっぱり金蝉には理解できないが、悟空は先ほどから、一生懸命睨み合っていた短冊から目を離すと、金蝉の元へとそれを握りしめ駆け寄ってくる。
「汚ねぇ字だな」
金蝉は思ったままを口にする。
すると悟空は、むうっと口を尖らせる。
「そーじゃなくて、願いごと!願い事かいたの!!」
「願い事だ?」
先ほどから、天蓬に付きっ切りで何かを教えてもらっていたようだったが、それはこの為か。
「そうですよ金蝉。今日はせっかくの七夕です。あなたも何か願いごとを書いたらどうですか」
「天蓬…」
目を通していた書類から、顔をあげればそこには、いつものごとくよれよれの白衣と、ぼさぼさ髪の旧知の人物が居た。
「おや、もしかして金蝉は七夕を知らないんですか?」
「えー、知らないの?俺が教えてあげる!」
悟空は得意そうに胸を張って、執務机に頬杖をつく。
それくらいは、いくら世間知らずといわれる金蝉とて知ってはいたが、金蝉に教えるという使命に大きな金の瞳をきらきらと輝かせている悟空に水をさすのは躊躇われ、黙って聞いてやることにした。
天蓬はその様子をまるで、母子のようだと思い微笑ましく見守るのだった。
「…でね、彦星と、織姫さまをかわいそうに思った、神様は一年に1回だけあっても良いよって許してくれて、それが今日なんだって」
悟空が得意げに話し終わると、執務室の扉がノックもなしに開かれる。
「よお、笹持ってきたぜ」
咥え煙草に気崩した軍服の男はどうやって持ってきたのか、彼の身の丈以上もある笹を担ぎ、よっこらせとばかりに、執務室の扉に立てかけた。
「ああ、すいませんね捲簾」
「ってか、これ、デカすぎねーか」
「良いじゃないですか、大は小を兼ねると言いますし」
部屋の主を無視して繰り広げられる会話に、金蝉は机をだんと叩く。
「お前ら、この部屋をどこだと思っていやがる、ここは俺の執務室だぞ!」
ついでにいえば、ここは観世音菩薩の城である。
本来ならば、こうも気安く出入りできる場所ではないはずなのだが。と金蝉は頭を抱える。
「ねーねー、部屋の中に飾ったら、お願いごとを神様にみてもらえないかもしれないよ」
「おや、悟空良いことに気付きましたね」
天蓬は、手にもった煙草を灰皿に押し付けると、椅子から立ち上がる。
「やっぱ、七夕飾りっていったら、外っしょ」
捲廉も同意を得たとばかりに、にやりと笑うと、再び笹を担ぐ。
「では、悟空、金蝉を外に連れ出してください」
はーいという、とても良い返事が部屋に響くと共に、小さいくせに力だけは有り余っている悟空によって無理やり椅子から、立ち上がらせられる。
「ふざけるな!俺は、まだ、未決済の仕事が残ってるんだぞ!」
「いーじゃん、いーじゃん。野暮なことは言いなさんなって。今日は年に一度の特別な日なんだからさ」
金蝉の怒声が響き渡る執務室を、三人が金蝉を半ば強制的に伴って出ていったのはそれから直ぐのことだった。
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