「もー、三蔵もちょっとは換わってよ!」
悟空は、やや不満そうに声をあげる。
「何故、換わらねばならん。ほら、しっかり漕げ馬鹿猿」
後ろから返ってくるのは、予想どうりの非情な返事。
悟空はちぇっと呟いて、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。
悟空は一生懸命に自転車を漕いでいた。
いつもなら、ジープで悠々と買出しに行くのだが、今回ばかりは、この所の暑さで、ジープもオーバーワーク気味だった。
日用雑貨の他に、揃えるものがあるとなると、宿泊している場所から、少し離れた町まで買いに行かなければならなかった。
行きは、歩いていったものの、帰りは流石に荷物が多く、難儀していたところ、買い物先の店の主人が貸し自転車の制度を教えてくれたのだった。
『おや、生憎一台しか空いていないね』
一同は、顔を見合わせたが、三蔵が、悟空の首根っ子を掴み『先に戻る』この一言で、決定したのだった。
もちろん、三蔵が自転車など漕ぐはずはなく、今もきつい傾斜の道を登っているのは悟空なのだった。
空は、どこまでも高く澄んでいて、真っ白な入道雲が悟空たちをぐんぐんと追い越していく。
「暑いなー」
「夏だからな」
三蔵はにべもなく答える。
そのとき、後ろから、ポンっという軽い音が響き、悟空は何の音だろうと振り返る。
「あーっ、ずりぃ三蔵!自分ばっか飲んでー!」
三蔵が抱えていた袋から、ラムネの瓶を取り出し、口を開けたのだった。
三蔵の喉によく冷えたラムネが染み渡っていく。
悟空は、抗議の声をあげる。
三蔵は、そんな悟空の様子をちらりとみると、尚も喉に流し込んでいく。
「悟空」
自転車を停めた悟空は自分も、水分を補給しようと、買い物袋を漁っていたが、三蔵に名前を呼ばれ、顔をあげる。
「――っ!」
乾いた喉を滑り落ちる、冷たい液体。
カランとしたラムネの瓶のビー玉が鳴る音に我に還れば、至近距離にやや濡れた三蔵の唇があった。
「さ、三蔵?!」
―今のって口移しってやつではないだろうか―。
悟空の頭の中をそんな言葉が過ぎる。
「喉の渇きは収まったか」
金の瞳を覗き込んで、三蔵は揶揄するように言う。
その桜色の唇は、笑みの形を刻んでいて、三蔵がこの状況を楽しんでいるのが分かる。
「うん…」
流し込まれた水分によって、潤ったはずの喉は何故かカラカラに渇いていて、それだけ言うのがやっとだった。
「なら、頑張れ。もうすぐ下り坂だ」
三蔵は他人事のように言って、顎をしゃくる。
「はーい」
悟空は、再び自転車に跨り、ペダルを踏む足に力を込める。
暑いはずなのに、後ろから伝わる体温は決して不快なものではなく、むしろ、ドキドキした高揚感を伴うものだった。
何故なのだろうと悟空は考える。
―それは、きっと三蔵のことが好きだから―
ふいに、そんな答えが胸をよぎる。
当たり前のようでいて、中々気がつかない気持ち。
それに気付き、悟空は嬉しくなってへへっと笑う。
「何、笑ってんだ馬鹿猿」
呆れたような三蔵の声が聞こえる。
「何でもないーっ!」
悟空は元気よく答える。
流れていく景色の中で、屋根の上でまどろんでいた猫が欠伸をする。
そんな長閑な午後。偶にはこんな日もいいかもしれない。
悟空はそう思った。
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