溺れる魚 7

 

「こればかりは、お前の弟に感謝しなければならないな」

もしかしたら、龍蓮も今頃、自分があげた耳飾の片方を持って、想う誰かのところにでも出向いているのかもしれない。
そんなふうに絳攸は思いを馳せる。

「絳攸、君は人の気持ちに疎いところが、どうにもあるね」
「は?」
楸瑛は、常にない強さで絳攸を抱きしめると、そう囁く。

「龍蓮の姿をみたとき、私は本気で刀を抜くところだったよ」
「お前は馬鹿か。そうそう、そんなもの好きがいてたまるか」

「そうだね。もの好きは私一人で、十分だ」

呆れたように言う絳攸に、楸瑛は間近で抱きしめたことによって鼻腔をくすぐる香りに漸く安堵する。

理知的で、涼しげな絳攸の容姿は人々の注目を集める。女官ばかりか、文官、果ては武官の中にも秋波を送るものがいるのだ。

ところが、当の本人はまったく無自覚であるというところが、楸瑛にとって頭の痛い問題なのだ。
「ところで、絳攸、そんな格好をしているということは、この後のことを期待してもかまわないのかな」
絳攸の夜着を指して楸瑛はいつもの軽口を向ける。

「貴様は一度、頭の中身を医者にみてもらえ!!この常春がっ!」
楸瑛の言葉に予想通り紅葉した落ち葉もかくやというほど、真っ赤になった絳攸が楸瑛の頭を殴りつけようと、手をあげる。

「おや、危ないね。ぶたれたら痛いじゃないか」
「楸瑛!手を離せ!!一片殴らせろ!」

絳攸の行動など、お見通しの楸瑛にあっさりと抑えこまれ、悔しいのか腕の中でじたばたと暴れる。
潔癖な恋人はその手の類の冗談をひどく嫌う。だが、その反応が楽しくてつい揶揄してしまうとは、口が裂けても言えない。

「絳攸、黙って」
「んっ…しゅ…」

艶を込めた口調で囁かれ、絳攸の動きが一瞬止まる。
その隙を逃さずに、楸瑛は罵声を浴びせていた唇を素早く塞ぐ。

角度を変え、時折舌でくすぐるようにしてやれば、行為に不慣れな絳攸はあっさりと陥落する。漸く唇を離せば、楸瑛の胸にもたれかかり、息を整えようとしている絳攸が目に入る。

「絳攸、明日は君も休みだったね?」
「…。」
問いかけられた絳攸は楸瑛の言わんとしていることを悟って黙って頷く。

「明日は君と昼まで眠れそうだね」
楸瑛はそう言って、もう一度、唇を寄せようとするが、それは楸瑛からの接吻を待つまでもなく、突如髪を引っ張り、乱暴に唇を寄せてきた絳攸に先手を打たれることとなった。

「絳攸…君…」
「やられっぱなしは性に合わない。驚いたか!」
珍しく
楸瑛の驚いた顔というのが見られ、絳攸は勝ち誇ったような笑みを浮かべるのだった。




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2006.8.15
龍蓮を絡めてみたかっただけのお話。(笑)ピアスネタはあちこちのサイトさんで書かれていて、自分も書きたかった話のひとつです。龍×絳になりそうになって途中焦りました。これのおまけ話というのが裏におく予定です。もし興味がある方は開通しましたら、覗きにきてください。双花です。