空蝉 十壱


「まるで、空蝉だね」

あのとき、激情のままに捉えた手首の細さも、接吻けした熱さも確かに楸瑛の中に喜びを齎したというのに、
まるで一瞬の幻だったように、いくら、その衣をかき抱いても、後には残るは乾いた布の感触だけ。

楸瑛はむなしさに自嘲する。
ふと、その袖の辺りから、覗く白い小さな花に気付き、指先で掬い上げる。

「月下美人か…」

月の光の下で咲くその花は絳攸にとてもあっている気がした。
今は、その月も厚い雲が覆い隠し、その姿を見えなくしてしまった。

「天上の月も、地上の月も雲隠れとはね」

この花のように手折って自分の元に置けたら、どんなに幸せだろうかと。手を伸ばしても届かない、月を思い楸瑛は、絳攸が残していった、花にそっと接吻するのだった。



END

2006.6.10




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なんだか、ウチの楸瑛はへたれですな。女官とイチャついてたのは偶然。きっと彼女はあの後、振られたのでしょう(笑)
黎深様は、『可愛いウチの子を藍家の色ボケ小僧などにやれるか!』くらいの勢いだと思います(笑)
ちなみに、夜咲く花は蛾が蜜を吸いにくるだろうってツッコミは、なしでお願いします。