きらきらひかる 2



「離せ、楸瑛!一人で歩ける!」

回廊を楸瑛に手を繋がれたまま、引っ張られ絳攸は声を荒げる。他の官吏の視線がどうにも気になって、絳攸は恥ずかしさも相俟って少々乱暴振り払う。

だが、楸瑛は気にしたふうもなく、おどけたように両手をあげる。

「君が気分が優れないというから、心配したんだけれど、どうやら大丈夫そうだね」

そういわれると、先ほど感じた胸の痞えは感じなくなっている。

「ああ、面倒をかけてすまなかったな。もう大丈夫だから、主上のもとに戻っていいぞ」
「そうはいかないよ。君を無事送り届けないことには主上のもとには戻れないよ」

思わぬ至近距離で微笑まれ、自然顔が赤くなる。

幸いにも周囲が夕闇に沈んだ今となっては、楸瑛には分からなかっただろう。
だが、楸瑛は絳攸の顔をまじまじとのぞきこむと頤に手をあて、何やら考える仕草をする。

「ねえ、絳攸、もしかして早くも、私の願いは聞き入れられたのかなと思ってしまうよ」

楸瑛は絳攸と歩調をあわせながらぽつりと呟く。

「願い事?お前、さっきは教えられないと言ってたじゃないか」
「うん。でも、もういいかな」

楸瑛は一人で納得したように言って、絳攸を伴い庭院へと入りこむ。

「おい、どこに行く気だ?!」

軒宿りへも、吏部へも行くでもない楸瑛に絳攸は、訝しげな声をかける。
いくら絳攸が方向感覚に疎いといえども流石にこうも人の流れから遠ざかっていけばおかしいことに気がつく。

だが、楸瑛の歩みは止まることなく、ひっそりと静まり返った四阿へと辿りつく。

「この辺で良いかな」

そこは笹が一面に生い茂っていて、あまり人が訪れるとは思えない四阿だった。
楸瑛はその笹の一つに懐から、短冊を取り出すと、通した紐を器用に結び付けていく。

「さ、絳攸みても良いよ」

絳攸は訳がわからないといったふうに飾られた短冊を返す。
そしてそこに書いてあった楸瑛の願いとやらを読んで絶句する。

『愛し君が、私の気持ちに気づいてくれますように』

と書いてあったのだ。

「これはどういう意味だ?!」

自分を揶揄しているのかと絳攸は眦を吊り上げて楸瑛を見返す。

「冗談なんかではないよ。本気だよ」

さわさわと葉が擦れる音に混じって、楸瑛の静かな声が聞こえる。

「私の想い人は君だよ」

絳攸は絶句する。

「もしも、この気持ちが迷惑だというなら、この話はこれきりで忘れてくれていい」

楸瑛は丁寧に逃げ道まで用意して、絳攸に問いかける。
普段のふざけた楸瑛の様子とは違い、絳攸は決してこれが戯言でも何でもないことを知る。

「俺は…、恋がどういうものかは分からない。だが、お前に想い人がいるのかと思ったとき、胸が痞えるような気になった」

絳攸は暫し考えるようにして、言葉を紡いでいく。

「うん。それで?」

楸瑛は焦ることなく次の言葉を待っている。
ここで絳攸が否といっても、楸瑛は何事もなかったような顔で明日もまた絳攸と顔を合わすのだろう。

だが、絳攸はそんなことは嫌だった。

楸瑛の告白に驚いたものの、嫌悪感は沸かない。それどころか、楸瑛が他の誰か特別な相手を作ることを想像すると、またもや胸がむかむかと焼け付くような不快な気分になる。

「だから、今感じている気持ちが何なのか俺が答えをみつけるまで、側にいてくれ」

絳攸は毅然と顔をあげ、今の正直な気持ちを告げる。
すると楸瑛はすこぶる艶やかな笑みを浮かべる。まるで、大輪の花のようだと絳攸はつい見惚れてしまう。

「十分だよ。絳攸。まさか、こんなに色よい返事がもらえるとは思わなかった」
「そんな嬉しそうな顔をするな!俺は別に一言も是と言ったわけではないんだからな!」
「でも嫌いではないということだろう。ならば後はどうにかして振り向かせれば良いだけの話じゃないか」

自信家とも楽天家とも取れる台詞を言う楸瑛に絳攸は唖然とする。

「とりあえず、約束をさせて」

約束?一体何の約束だというのか。絳攸が考える間もなく、唇を柔らかいものが掠める。

「――なっ!な、何をするんだ貴様―!!」
「約束とちょっとしたお呪いだよ、絳攸が早く私のことを好きになってくれますようにっていうね」

詫びれたふうもなく、いけしゃあしゃあと言ってのける楸瑛は、絳攸の罵声など、どこ拭く風だ。

頭にきて振り上げた拳もことごとく交わされてばかりだが、この気持ちに名前がついて単なる腐れ縁から、もう一歩進んだ関係になるのも遠い日ではないのかもしれない。そんなことを絳攸はどこか頭の片隅で思うのだった。






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2008.07.20UP


遅ればせながらの七夕話。久々ツンデレ絳攸…。そしてお前等は思春期の女の子かっていうくらい初々しい二人。赤毛のアンとダイアナも真っ青な友情とも恋愛ともつかぬ関係ですねー。