降誕祭の奇跡

 

世間が、ジングルベルや、聖しこの夜といった、あまりにも有名なこれらの曲が流れる度、思い出すことがある。
その昔、『もうすぐサンタがやってくるから』と言った、嬉しそうなその声の人を。
 
「あと、数日で今年も終わりか。

珀明は誰とはなしに呟く。
珀明の通う学校はそれなりの進学校であり、この日も土曜日だというのに授業があった。
家から電車で一時間ほどかけて通う生活も三年生の終わりともなると、慣れたもので友人たちと分かれてから、帰りの車内で読む本を物色しに、駅前のデパートの本屋へと向かったのだった。
駅前は光輝く電球で覆われ通りに面した店からは、にぎやかな音楽が聞こえてくる。
街を行き交う人たちは、ケーキの箱と見られる白い大きな箱や、有名デパートのロゴが入った紙袋などを抱えていて、この時期特有の浮かれ立った様子が見受けられる。
「受験生にクリスマスもなにもないぞ…って、あれ?」
珀明は、雑踏の中で、一際輝く銀の髪をみつけて、思わず立ち止まる。
その人は、誰かを待っているのか、しきりに周囲を見渡しながら、その周辺では待ち合わせの定番となっている、駅前のビルの大きな時計の下へと向かう。
「絳攸様!」
珀明は小走りに、人待ち顔の人物の元へと近づくと、その名を呼ぶ。
「碧珀明?」
「はいっ!お久しぶりです!」
呼ばれた彼は、顔を上げると、驚いたようにその青とも紫ともつかぬ瞳を瞬かせた。
「すっかり大きくなっていて、驚いた」
「絳攸様が引越しなされたのは、僕が小学生のときでしたからね」
珀明の隣に引っ越してきた一家は、数年でまたすぐに引っ越していってしまい、短い付き合いではあったが、絳攸に勉強をみてもらったこともあり、珀明にとっては忘れられない思い出となっている。
「絳攸様は、どうされたんですか?」
確か、彼の引っ越していった先と、この駅とは、まったく正反対のはずだった。
「ああ、ちょっと待ち合わせをしていてな」
そう言って、コートのポケットを探り、携帯を取りだす。
彼は、液晶画面に素早く目を走らせると、ほんの少し眉を寄せた。
「だが、少々遅れるらしい」
「あの、でしたら、その相手が来られるまで、どこかで、時間潰しでもしませんか!」
珀明は言ってから、しまったと思った。
久しぶりに会ったとはいえ、単なるご近所さんだった相手にいきなりそんなことを言われて絳攸は面食らっているのではないだろうか。
それに年上の相手に対して失礼だったかなと、頭の中で、色々な考えがぐるぐると回る。
「いいのか珀明?クリスマスなのに彼女との約束とかないのか」
「彼女なんて、いません!それに僕は今年受験生ですし」
あまりに珀明が勢い込んで言うものだから、軽い気持ちで言ったであろう絳攸としては『そうか』としか言い様がない。
「じゃあ、珀明少し付き合ってくれるか」
「はい。喜んで」
そうして、思わぬ出会いに弾む気持ちを落ち着かせようと必死になりながら、珀明は絳攸を伴って、駅から5分ほど歩いたところの喫茶店へと足を運ぶのだった。
 
 
扉を開けると、カランと来客を告げるベルがなり、珀明は窓際の席へと絳攸を案内する。
店内は、落としぎみの照明と、天井で回るファンがレトロな雰囲気で、チェーン店にはない落ち着いた感じを醸し出していた。
「ここだったら、待ち合わせの相手が来ても見つけやすいと思うんです」
「そうだな。それにしても懐かしいな。俺も学生の頃、ここの店はよく来た」
それに、その制服も、と絳攸は続ける。
今から、数年前は絳攸も今の珀明が着ている同じ制服をきて、通学していたのだから。
「僕は、絳攸様が良い学校だったと言っていたので、今の高校を受けようと思ったんです」
それは、半分本当で、半分嘘だった。
もう半分の理由は、絳攸が通った学校だったから。
もちろん、珀明が入学する頃にはとっくの昔に絳攸は卒業しているのだけれど、それでも自分の憧れの人の後を追いたくて、この難関校を受験したのだった。
「まぁ、そうだな良い学校だったというか、人生を変えるほどのことがあったから、そう思えるのか…」
絳攸は、自問自答するように言ってから、視線を運ばれてきた温かなコーヒーへと移し、スプーンでもってかき混ぜる。
絳攸のその言葉を聞きとめて珀明は長年燻っていた疑問を思い切ってぶつけてみることにした。
「あの、絳攸さまはクリスマスってお好きですか?」
「は?」
唐突に発せられた質問にコーヒーを掻き回していた、絳攸の手が止まる。
「僕は、あまり好きではありません。サンタも嫌いです」
数年前のクリスマスの翌日、大好きだったお隣さんは引っ越していってしまった。正確に言うならば、その一家の一人なのだが。
珀明が風邪をひいて寝込んでいる間に、クリスマスは終わり、お隣一家もいなくなってしまった。
サンタを信じるような年齢では既になかったが、それでも毎晩祈っていたのだ。
プレゼントなんかいらないから、どうか、大好きなあの人を僕から取り上げないで下さい。と。
「俺も、クリスマスが嫌いな時期があったな」
ポツリと窓の外をみながら、絳攸が呟く。
その視線は窓から、待ち合わせの相手の姿がみえないかと探しているようで、珀明としては少々面白くない。
「でも、まぁサンタが現れたから、それからは好きになった」
そう、語る絳攸の横顔はどこか嬉しそうだった。
「サンタですか?」
そういえば、引っ越す前の最後にあった日、絳攸は言っていた。『もうすぐ、サンタがやってくるから』と。今の絳攸の表情はその顔を思い出させる。
数日前までの曇りがちな表情が嘘のように輝いていて、チカチカと点滅するツリーの明かりに照らされてとても綺麗だったのを覚えている。
「珀明は、あのときも『それは、絵本だけのお話です』って言っていたな」
不満げな声を感じ取ったのか、絳攸が面白そうに声をたてて笑う。
「でも、絳攸さま、僕は     
珀明が何かを言いかけたときだった、扉が開いてカランと来客を告げるベルがなる。
入ってきた人物を見て、店内の数人の客のうち女性陣は目を奪われているようだった。
その人物は、そんな視線を気に留めたふうもなく、窓際のテーブルへとゆっくりと歩みよる。
「おや、可愛い子を連れているじゃないか、絳攸?」
「昔馴染みだ。遅いぞ楸瑛」
「ちょっと仕事のことで色々あってね。ある程度、早めに家を出たんだけれど、渋滞に巻き込まれて。すまなかったね」
仕立ての良いコートに均整の取れた長身を包んだ人物はそう言って、肩をすくめる。そんな仕草も、嫌味なくらいに嵌る。ちょっとそこ等には居ないくらいの晴れやかな良い男だ。
「しかし、この店は懐かしいね。昔よく来たね」
「ああ、コーヒーの味も変わっていなかった」
「そう、それはぜひ、今度ゆっくりと飲みにきたいものだね。ここのコーヒーはなかなか気に入っていたから」
珀明は二人のやり取りを見て、悟る。これが絳攸が言っていた、『サンタクロース』なのかと。一体絳攸は彼にどんな願いを叶えてもらったというのか。
聞いてみたい気もしたが、それは絳攸と目の前の彼だけの秘密なのかもしれない。それに今、絳攸が幸せならば、それで良いではないかと少々悔しいが思う。
「遅れてきたんだ、ここはお前の奢りだな」

そう言って、絳攸は二人分の伝票を押し付ける。
「そんな悪いです。僕、自分の分は自分で払います!」
見ず知らずの人に奢ってもらう義理は流石になく、慌てて、鞄から財布を取り出す。
「いいよ。いつもうちの弟が迷惑をかけているらしいからね。碧珀明くん」
「え…?」
そう言って、片目を瞑ってみせる彼は唖然としている珀明を余所に支払いをすませると、絳攸を伴って、煌びやかなイルミネーションの中へと消えていく。
「かなわないなぁ…」
珀明は立ち尽くすと、一人ごちる。
何とはなしにコートのポケットに手を入れると、入れっぱなしにしていいた、携帯が震えて、着信を告げる。
慌てて、取り出すが、耳に当てた途端切れた。
液晶には、妙な縁で知り合ってしまった奇矯な人物の名。
「弟が迷惑を…か。成る程、確かに言われてみれば、顔は似ているな」
呟いて、液晶を確認するが、履歴こそあれ、伝言もメールもありはしなかった。さて、では仕方ないから、あの孔雀頭に電話をするかと珀明は通話ボタンを押す。

もし、くだらない用件だったら、
只では置かないと、ほんの少しの八つ当たりをこめて、電話口にでた相手に口を開くのだった。





コメント
現在版クリスマス。第一弾。第三者からみた双花とかって好きです(笑)さりげなく龍珀も目指してみたのですが、玉砕。とりあえず、少しでも格好良い楸瑛を!がテーマの一つ?!

  

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