HAPPY HAPPY DATE  2


結局、姉には逆らうことができず、約束の日曜日は不二と一緒に連れ立って、ダブルデートとなった。

ダブルデートの相手との待ち合わせはテーマパークの最寄駅。そわそわと落ち着かない英二の手を不二はごく自然な流れで繋ぐ。

「不二!?」
「大丈夫。誰も君のこと男だって疑っていやしないよ。下手するとお姉さん以上に可愛いかもしれないよ」

「なんか、誉めれても嬉しくないよ。それ…」

英二は、不服だと言わんばかりに、ピンク色に塗られた唇を尖らす。

けれど、不二の誉め言葉は決して誇張ではなく、いつもは元気に跳ねさせている髪は今日は少し大人ぽく片側を、大ぶりのバレッタで留め、服装はというと、襟元にリボンをあしらった白のショートコートに、赤を基調にしたタータンチェックのプリーツスカート。そして、黒のオーバーニーハイソックスがすんなりと伸びた脚を際立たせていて、本人に自覚はなくとも、どこかの雑誌のモデルだと言われても納得するくらい目立っていた。

「あ、あの人かな?」

英二は、こちらに向かって手を振っている少女を見つけると繋いだ手を離し、小さく手を振り返す。

「久し振りー!中学のとき以来だよね!」
「う、うん、久し振り。…えと、遥も元気だった?」

英二は少々引きつった笑顔を浮かべながらも、姉に教えられた名前を呼び、駆け寄ると久し振りの再会を喜ぶ友達を演じてみせる。

「あ、私のカレ紹介するね!K大学の一年生。カレとはテニスクラブで知り合ったの!」

彼女は自慢げに彼氏話を続ける。

英二は黙って聞きながら、何故、姉がムキになって、張り合おうとしたかが分った気がした。要するに、遥は自慢の彼とやらを、見せつけたかったのだろう。

「英実とはー、中学時代は同じクラスで親友だったんだよ!でも高校別々になっちゃって、中々会えなくなっちゃったけど、でも友情は変わってないもんね!」

彼女は殊更、仲良しを強調してくる。

英二は、本当に親友だったかどうかは怪しいものだと遥をみて思った。

「で、英実のカレはぁー?」
「初めまして。不二周助です」

少し離れたところから、英二たちを見ていた不二が挨拶をすると、少女は一瞬ぽかんとした顔をする。

それを見て、英二は無理もないことだろうと思う。

人当たりの良い、柔らかな笑顔。陽光に透けるさらさらの亜麻色の髪。切れ長の瞳は薄茶色で、色素の薄い瞳は優しい色合いを映し出している。

一見すると、不二は少女たちの大概が夢に見る王子様そのものなのだ。

(まぁ、中身は乾汁が好物の味覚麻痺のサボテンおたくだけど)

英二は心のうちでこっそり付け加える。

「へぇ、英実のカレもまぁまぁ格好良いんじゃない?ま、高校生同士お似合いってカンジよね」

遥は、強がっているのか、嫌味とも取れる台詞を残し、英二のもとを離れ、自慢のカレと腕を組む。

「まぁ、いいわ。揃ったことだし、行こうっか」

不二は英二の腰に腕を回し、まるでエスコートするかのようにして、後に続く。

英二は驚いて不二を見るが、不二はどうかしたのかと言わんばかりの様子で首を傾げている。

(そうか、俺は今、女の子だから別にこれくらいは普通なのか)

英二は僅かにぎくしゃくした様子で、不二と歩み始めるが、それもまた傍から見れば初々しいお似合いのカップルにしか見えないのだった。

 

 

ダブルデートというのは英二にとって初めてで、その初めてが、まさか女装してのデートになるとは夢にも思いもしなかった。

けれど、夢であってくれという英二の願いは、むなしく、間違いなく現実なのである。

ジェットコースターに乗ったり、園内に出現するお馴染みのキャラクターと写真を撮ったりと、まさにこれぞデートという王道パターンにのって、午前中は何とか無事に終わった。

そろそろお昼にしようと言う意見が出たので、園内のレストランにしては比較的安価なパスタの店に入る。

注文を終えて、今、不二と遥はドリンクバーに行っている。

遥が何故か自分の彼ではなく不二を引っ張っていったので、英二は不二に置いてけぼりをくらった気分だった。

英二としては、何とか口実を作って、早くこのダブルデートから逃れたい気持ちでいっぱいで、話しかけられても半分以上上の空で、不二が上手にフォローしてくれたので、何とか持ったというところだ。

「…ちゃん、英実ちゃん」
「え…あ、はい!」

英二は、最初自分に話しかけられているとは、気がつかずに、不二たちを目で追いながら、ぼんやりしていたが、今は姉として、ここにいるのだと思い出し、慌てて返事をする。

「疲れた?」
「え、いえ、その…」

英二は男とばれない様にできるだけ、口を開かないようにしてきたので、他の人から見ればそう映るのであろうか。

「あのさ、気を悪くしないで、聞いてもらいたいんだけど…」

英二は、改まってかけられた声に内心どきりとする。よもや、自分が姉の身代わりだとばれたのだろうかと、どきどきしながら次の言葉を待つ。

「もしかして、英実ちゃんは、不二くんとあまりうまくいってないのかな?」
「そんなことはっ!」

英二は咄嗟に反論する。

自分と不二は親友で、これ以上ないくらい上手くいっている。そう、続けようとして英二は言葉に詰まる。

不二はどうして、こんなことに付き合う気になったのだろうと、そんな疑問が頭を過ぎる。

単に面白がっているだけにしては、不二だとて、一応受験生なのだから、期末試験前の貴重な休みを潰してまで、見知らぬ他人とのダブルデートなどを引き受けるだろうか。

しかも、もし英二が男だとバレたら、英二だけでなく不二までも間違いなく笑いものにされるだろう。

そんなリスクをおかしてまで、不二は一体、このデートに何を求めているのだろう。身を乗り出したまま、動かない英二の態度をどう取ったのか、相手は溜息をつく。

「不二くんも、こんなに可愛い彼女がいて、何が不満なのかな?俺だったら、英実ちゃんにそんな顔させやしないのにな」

そんな顔と言われても、英二としては鏡がないので、分かりませんとしか答えようがないのだが、何かとてつもない勘違いをしたらしく、英二の手を握り締める。

英二は咄嗟に手を引こうとするが、熱の篭った眼差しを向けられ、背筋をぞわぞわと悪寒が走りぬける。

(ヒーッ!不二助けてっ!)

英二は思わず、心の中で不二に助けを求める。

「すいません。躓いてしまって」

次の瞬間、目の前のK大生(名前は忘れた)が頭から水と氷を滴らせる。

呆気にとられて英二が顔をあげると、ドリンクバーから戻ってきた不二のトレイからウーロン茶の入ったグラスが見事に倒れていて、丁度運悪く目の前のK大生にかかってしまったらしい。

不二は心底申し訳なさそうな顔で謝っているが、本当に偶然だったかどうかは疑わしいところだ。

「あのっ!ごめんなさい。不…じゃないや、周助、ちょっと抜けているとこあるから、本当にごめんなさい」

英二は、慌てて鞄の中から、ハンカチを取り出し、濡れてしまった髪や額を拭いてやる。

「このジャケットいくらしたと思ってるんだよ…」

K大生は表立って声を荒げないかわりに、不満を隠そうともせずに文句を言っている。

「格好わるぅ…」

驚いて英二がふり返ると、彼女は不貞腐れたような仕草で少々乱暴にトレイを置く。

確かに、うっかりだと言っている相手に対していつまでも文句を言い続けているのは大人気ないといえよう。四人は何とも気まずい空気が漂う中、それぞれの注文したものを口に運ぶ。

「えと、あのー、二人はテニスクラブで知り合ったんですよね?なんか、いいですねーそういうの!」

英二は努めて明るい声をだして、何とか捻り出した話題でこの場を盛り上げようと必死になる。

「へぇ?テニスに興味あるの?英実ちゃん」
「まぁ、ちょとは…」

英二は、上手く言葉を濁しながら、とりあえず困ったときは笑って誤魔化せとばかりにへらりと笑ってみせる。

「そっかー、もしテニスできるところがあったら、教えてあげられるんだけどなー。残念だなぁ」
「ありますよ」

不二が、あっさりと告げる。

「あるって、君。まさか園内から出るつもり?」
「いいえ。園内ですよ。あそこです」

不二が指差したのは、窓から良く見える、園内にあるホテルだった。

確かに、あそこならば、テニスコートもあったはずだが、問題は宿泊客でもないのに、どうやって入るかだろう。

一同が首を傾げる中、不二は徐に携帯を取り出し、どこかに電話をかける。

『もしもし、跡部?僕。不二だけど、ちょっとお願いがあるんだ』

不二は席を立って、5分も経たないうちに戻ってくると、無事ホテルのテニスコートを使わせてもらえることになったと告げた。

 

 



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