雨にキスの花束を 1



その村に立ち寄ったのはほんの偶然だった。
妖怪の被害に苦しめられいるという、人々の話を聞き、是非にと請われて立ち寄ったまでだった。
「たいしたこと、あらへん輩やったねえ。なあガト」

銀髪の青年が後ろを歩く大男に声をかける。
ガトと呼ばれた男は、何の感情も伺わせない声でその青年の言葉に同意する。
村長からの礼の宴を途中で抜け出し、酔いざましもかねて、そぞろ歩く。
妖怪という障害を取り除いた町は、元の活気を取り戻し、家に籠もりがちだった人々も、その分の時間を取り戻すかのように、忙しなく行き交っている。
屋台が立ち並ぶ喧騒の中で、ふとヘイゼルは目を留めた。
「ろくでもない輩は妖怪ばかりではなさそうやねえ」
ヘイゼルが目をやった先では、花売りらしき少女が素行のよくなさそうなものたちに絡まれていたのだった。
「あんさんら、その辺にしとき」
「何だてめぇは…」
男の一人が振り向くが、その言葉は最後まで言い終えないうちに、ガトの手によって、捻りあげられていた。
酒くさい息を吐く、他の面々も突然の大男の出現によって、一気に酔いが覚めたかのようだった。
男たちは、『覚えてやがれ』とありきたりな台詞を残し、そそくさとその場から逃げ出していった。
状況が未だ把握できていないのか、ぽかんとしている少女に目線を合わせるためにヘイゼルは膝を折る。
「災難やったねえ。お嬢ちゃん怪我はあらへん?」
「はい。ありがとうございました」
少女は、礼もそこそこに、周囲に散らばった花を集めだす。
「お花、ダメになってもうたなあ」
ひっくり返された屋台の下敷きになった花たちは、そのほとんどが無残な姿を晒している。
なんとか被害を免れた花を集めては見たが、どれもが茎の途中で折れたりしているものばかりだった。
少女の表情がみるみるうちに泣き出しそうな表情へと変わっていく。
その様子を黙ってみていたヘイゼルだったが、ふと自分の足元に目を遣ると先ほどの騒ぎの中で、被害を免れた花が数本散らばっていた。
その色にヘイゼルは目を奪われる。
――穢れなき白――
「お嬢ちゃん、この花もろうてもええ?」
そう言って、ヘイゼルは少女の手にいくらかの代金を握らせるが、それは、花の代金としては高額で、少女は驚いて受け取りを拒む。
だがヘイゼルは微笑んで告げる。
「その花に対するうちの気持ちや」
いとおしむように、花弁をそっと撫で呟いた。



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2006.4.15