雨にキスの花束を 3 



三蔵は息を切らせながら、大木の根元までくると幹に背中を預けると、改めてその木の大きさに圧倒される。
おそらく大人が何人かで取り囲まねば、全周は測ることができないだろう。

葉が見事に生い茂っているお陰で、どうやらこれ以上は濡れないですみそうだとほっと一息をつく。

―雨は厄介だから嫌いだ―

そんなことを考えつつ肩についた水滴を払ったときだった。

「奇遇どすなぁ」
突然かけられた声に驚いて身構える。

「また会えて嬉しいわ」
「貴様…ヘイゼル」

 剣呑な空気に臆することもなく、ヘイゼルはいつもの悠然とした笑みを口元に浮かべていた。

「何で、てめぇがここにいる」
「何でって言われはっても御覧の通りの雨宿りやわ」

妖怪の存在を根絶やしにすべく、桃源郷にきた異国の司教。ほんの一時ではあったが三蔵たちと行動を共にしたこともあった。だが、彼は従者のガトと共に去っていったはずだった。

「この町に立ち寄ったんは、ほんの偶然なんや。せやから他の意図はあらへんよ」

三蔵の眉が段々と顰められていくのをみて、ヘイゼルは三蔵の問いに今度ははぐらかすことなく答える。
尚もヘイゼルを見据えていた三蔵だったが、どうやら本当にそのようだと判断すると、構えを解いた。

「そないにカリカリしはっても、どのみち雨が止まんと、動かれへんわ。せっかくこうして会えたんやから、一緒にここにおったらええんとちゃいます」

「ちっ!」 

宥めるように笑うヘイゼルがどうにも勘に触り、思わず舌打ちする。

「ご機嫌ななめやねぇ」
「貴様のせいでな」

それでも、無視をしないといことは、少なくとも三蔵にとって自分は、どうでもいい存在ではないということだ。
三蔵という人は、本当にどうでも良いと思っている者は、おそらく口をきくことはおろか、視界にも入れようとしないだろう。

暫く、そのままの状態で沈黙を保っていたが、ふいに三蔵のほうから口を開く。

「おい、その花はどうした」
三蔵が指し示す先には、先ほどからヘイゼルが大切そうに抱えている花束があった。

「気にならはります?」
ヘイゼルは青い瞳にどこか悪戯めいた光を浮かべて三蔵に問いかける。




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2006.4.29