雨にキスの花束を 4 |
「別に」
だが、三蔵から返ってきたのはつれない言葉。それに対してヘイゼルは少々残念そうに肩を竦める。
「もろうたんや。えろ可愛らしいお嬢さんから」
「ほう。随分とモテるじゃねぇか」ヘイゼルは優しい手つきで花弁を撫でている。
「聖職者のくせにナンパでもしたのか」
心なしか憮然としたように聞こえる三蔵の言葉に思わず、忍び笑いがもれる。横に立つ三蔵をみると、いつもの不機嫌そうな表情で煙草をくゆらせている。
「可愛らしい、十歳くらいのお嬢さんやったわ」
「お前…」続けて発せられた、ヘイゼルの台詞に三蔵は、暫し唖然としてしまう。
「ガラの悪い連中に絡まれてはってな、つい助けてもうた」
「ご苦労なことだな」いかにもどうでも良いような口ぶりだが、いざそういった場面に出くわせば、三蔵とて知らぬふりなどできないだろう。
突き放したような物言いとは裏腹に、案外甘いのだ。この三蔵という人物は。それは、人間も妖怪も関係なしに非情になりきれないところをみて知っている。益になるかならないかならないかで判断をする自分とは、大違いだと思う。
「そのお嬢ちゃんな、妖怪に親を殺されてはるんやて。花売りをして、生活してはるそうなんや。お嬢ちゃんと弟と二人きりで暮らしてはるって言うてたわ」
ヘイゼルの言葉に新たな煙草に火をつけようとしていた三蔵の動きが止まる。
それを、横目でみやって更に言葉を紡ぐ。「うちもあれくらいの年齢で、マスターを亡くしてはるから他人ごとと思えへんのや」
「そうか…。」どこか遠くをみるような感じで告げるヘイゼル。彼の師もまた、妖怪に殺されたと聞いた。
親を妖怪に殺された子供など、今の世界では珍しくない。そう頭では理解していても、やはりそう言った話を間近で聞くと、平静ではいられなくなる。
忘れることのできない悪夢の記憶が思い出される。
自分の中では、今でもあの雨の日の幼い無力な自分が消えてはいないのだから。「三蔵はんは雨はお嫌いどすか」
「なに?」三蔵は唐突にふられた言葉に、意味をはかりかねて聞き返す。
「さっきから、空ばかり見上げてはる」
「好きなやつなんていねぇだろ。鬱陶しいだけだ」内心の動揺を押し隠して、あえて一般論といえることを挙げる。
「そうどすか。うちは結構好きやけど」
三蔵の動揺に気がついているのかいないのか、相変わらずの微笑で、何を考えているのかがまったく読めない。
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2006.5.6