HONEY BE


麗らかな昼下がりのことだった。
いつものように、執務室にて書翰と格闘していた、この彩雲国の王、劉輝はこの部屋に向かって、やや早足で向かってくる足音を聞き、表情を綻ばせた。
これで、ようやくこの書簡の山から解放されると、その足音の主が来るのを今か今かと待ちかねた。やがて、その足音は執務室の前で止まり『失礼致します』との断りと共に、扉が開かれた。
「絳攸!待っておったぞ!」
さりげなく落書きをしていた料紙を脇に寄せ、いかにも真面目に仕事をしていました風を装う。
「少々遅れました。申し訳ありません」
絳攸は、遅れたことを詫びると、ふと部屋を見渡す。すると、いつも側に控えている片割れの武官の姿がないことに気がつき、眉を寄せる。
「楸瑛なら、そなたとほぼ入れ違いで、羽林軍のことで呼ばれて出ていったぞ」
「そうですか」
絳攸は、納得したのか、いつもの執務机に着こうとする。
「待て、絳攸」
「何でしょうか、主上?」
劉輝の言葉に、絳攸は何事かと顔をあげる、その視線はくだらないことを言おうものなら許さないと言葉より雄弁に語っている。
「その…、春めかしくて良いと、余は思うのだが…」

絳攸の高い矜持に触れないよう、言葉を選びながら劉輝は続ける。


「一応、仕事を始める前に、頭や、官服についた花弁の類をとった方が良いと思うのだ」


今日はどこをどういうふうに迷って、執務室まで辿り着いたのか、絳攸の冠にも官服にも、たくさんの花弁が落ちていた。
「こ、これは、ここに来る途中、庭園の桜があまりに見事だったので、ついそこで見とれてしまっただけです!」
劉輝の言葉に、絳攸は慌てて、肩や、冠についた花弁を振り払う。
よもや、迷いに迷った挙句、同じところを何度もぐるぐると回っていたなどとは、口が裂けてもいえない絳攸だった。
この場に楸瑛がいなくて良かったと密かに思いながら、見える範囲内にその形跡がないか体を捻りながら確認する。
「絳攸、余が払ってやろう」
「…恐れ入ります」
ここは執務室であって、鏡などという小洒落たものは置いてあろうはずがなく、第三者に託すしかなかった。
「それにしてもよく積もっておるぞ」
決まり悪げに立っている絳攸の冠やら何やらに降り積もった花弁を劉輝は指で取り除いてとってやる。
よく見ると、その髪も枝にでも引っ掛けたのか、絡まってしまっているようだった。
冠から零れ落ちている、一房に触れると柔らかなそれは淡い色をしていることに気がつく。
そうして、改めて思う。こうして、間近でみるのはよく考えると初めてなのではないかと。
せっかくだから、この気に観察をしてみようと、劉輝は思った。
いつも椅子に座っているから、自然劉輝は見下ろされる感じになるが、向き合ってみると劉輝の方が、背が高いというのも、少々の驚きを伴った新たな発見だった。
(いつも叱られてばかりいるからだろうか)
絳攸には叱られることが多く、その理由も自分が未熟だからだと分かってはいるが、もう少々、穏やかに諭してもらえたらと思うことも多々ある。
そのせいか、劉輝は絳攸のことが、大げさに言えばとてつもなく巨大な山のようにも思えていたのだが、実際にはその肩も細く、文官だということを差し引いても華奢な印象を受けた。
その絳攸は、今劉輝にされるがまま、時折落ちつかなげに視線を彷徨わせている。
「何がおかしいんですか」
「あ、いや余は笑ってなどおらぬぞ」


 

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