胡蝶の夢 壱

心の奥底に秘めたる想いは密やかに密やかに…。

「藍将軍…どんなにこの夜を待ち焦がれたことか…」

楸瑛に抱きしめられた女官は夢見心地でその胸にそっと顔を伏せる。雅やかな衣装を纏った女を抱き寄せ囁く。

「私も、あなたとの逢瀬を遮る太陽などいっそ消えてしまえばと願いましたよ」
楸瑛はそう言って、つと、指を顎にかけ顔をあげさせる
女は決して愛を囁かないその真実に気がつくこともなく、うっとりとした表情のまま瞳を潤ませる。重なりあった、二つの影は寝台にゆっくりと沈んでいった。

 

人気のない長い廊下を珠翠は、ぼんやりとした手蜀の明かりを頼りに、絹づれの音と共に歩く。
今は仕えるべき主のいない後宮だが、いつその主を迎えても良いようにと、後宮は機能している。

筆頭女官である珠翠は、衛士が入ることはない奥の宮まで見回るという日課をかかすことはなかった。

曲がり角に差し掛かったとき、本来居てはならぬ、王以外の男をみつけ、珠翠は眉を顰めた。

「これは、これは麗しき女官長殿、今宵は一段と美しい。蝋燭の薄明かりなどで、あなたの美しさは隠し通せるものではありませんね」

女性であれば、誰でも骨抜きになってしまいそうな、華やかで魅力的な笑みを浮かべる。楸瑛は忍んできたことを見つかったことなど気にしたふうもなく珠翠の手を取り、そっとその手の甲に唇を落とす。

「藍将軍、なぜ、あなたがここにいらっしゃるのですか。ここは王以外は、お入りになられないはずです」

「ええ、もちろん存じ上げていますとも。しかし花園の主人がいない今、咲き乱れた花を前につい心取り乱してしまいました」
「あなたはいつも、お心が乱れていらっしゃるようですわね」

珠翠の機知にとんだ切り替えしに楸瑛は嬉しそうに笑う。
才知に富んだものは好きだ。その切り返しは、自分の虚ろな心をほんの少し満たしてくれるから。

「珠翠殿、では、私の心の乱れをあなたによって納めさせていただきますか」

楸瑛は、距離を縮め、つと彼女の腰に手を回す。だが、常ならば身をよじって逃げようとする、珠翠からの抵抗はなかった。

その代わりに、返されたのは駄々を捏ねる子供を宥めるような困ったような微笑だった。





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