彩雲国版 マリア様がみてる 1


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
アリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみです。
私立貴陽女学園。ここは乙女の園。
 
―マリア様、今日も一日見守っていてください。私が間違った行為をせずに正しく過ごせますように−
「絳攸!ごきげんよう」
「きゃあっ!」
今の今まで、マリア像に熱心に祈りを捧げていた、絳攸は突然背後から抱きしめられて短い悲鳴をあげた。
「き、貴様、藍楸瑛!」
「朝から熱心ね。何をそんなにお願いしていたの」
二股の分かれ道にある、マリア像に熱心に祈りを捧げる銀色の髪を高い位置で括った後姿を見つけ、楸瑛は気配を消してそっと近付いたのだった。
「今日も一日正しく過ごせるように天のお母様に祈っていたところだっ!何故、毎回毎回、私に纏わりつくのだ!」
「纏わりつくなんて、ひどい言い草ね。同じ薔薇の蕾同士仲良くしましょうって、いつも言っているじゃない」
そう言って、楸瑛は華やかに微笑む。
この一見、完璧な美少女の藍楸瑛は、この春、絳攸と共に、山百合会と呼ばれる生徒会の住人となった生徒だった。
山百合会には薔薇様と呼ばれる生徒会長たちがいて、彼女たちによって、学園は運営されていると言っても過言ではない。
ちなみに、現生徒会長は絳攸の義理の姉である紅黎深と、楸瑛の実の姉である、三つ子姉妹たちだった。
「とにかく、私は、貴様と仲良くする気はない。早く行かないとまた、黎深さ…、おねえさまにいじめられる」
絳攸の『姉』である黎深は、楸瑛の姉たちと非常に折り合いがよくない、平たく言って、犬猿の仲なのだ。
それが、何故、一緒になって、生徒会などというものをやっているのかは謎だが、
どうやら黎深の実の姉である紅潔ツが関わっているらしかった。
その為、『妹』である自分はいつも黎深のストレス解消の良い捌け口となっていたのだった。
「絳攸、薔薇の館はそっちじゃないわよ」
勇み足で、歩きはじめた絳攸に楸瑛は声をかける。
「わ、わかっている!」
絳攸は、高等部の入試に、外部からの編入生にも拘らず、トップで合格した才媛であったが、いかんせん、天才的な方向音痴であった。

 

「遅れて申し訳ありません!おねえさま」
扉を開けるなり、絳攸は頭を下げる。だが、中には黎深の姿はなく、楸瑛の姉たちの姿だけだった。
『『『黎深なら、まだ来ていない。恐らく、図書室にでもいるのでしょう。まったく困ったものだ』』』
三重奏で、そう言われ絳攸は別の意味で恐縮することとなった。
「申し訳ごさいません、藍薔薇さま」
黎深は、実の姉である潔ツをとても慕っている。そのせいで、こうして頻繁に職務を投げ出して、図書委員を務めている姉の元へと飛んでいってしまうのだった。
『『『いや、絳攸殿が謝ることはない。こんな可愛い妹を持ちながら、奴は何が不満だというのだ。できるなら、私たちの妹と取替えたいくらいだ』』』
「すいませんね。可愛くない妹で。でもその実の妹を校内でも『妹』に選んだのは、姉上たちでしょう」

続いてやってきた楸瑛が、呆れたように姉たちの言葉に反論する。

 

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