空蝉 弐



あの常春頭!)

絳攸は、怒りを漲らせ、少々荒っぽい仕草で筆に墨を浸しながら、仕事を片付けていく。
揶揄されていることは、自分とて十分に分かっている。

いちいち反応を返す自分が面白くて、楸瑛はああいった態度をとってくるのだろう。
受け流せない、自分の性格が恨めしい。

(あの接吻だって…)

絳攸はふと、仕事の手を止め、自分の手の甲をみつめる。

楸瑛は、誰にでもああいった態度を取る。それは女性限定と言う括りではあったが、絳攸にも時折ああいった色事めいた揶揄をするのだ。

色事に関して、ひどく潔癖な自分の返す反応が面白くてするのであって、それ以上の深い意味はないのだろう。
そう考えると、胸の奥がつきんと痛む気がした。

先ほど、唇を落とされた、手の甲を思わず引き寄せる。
そして、もう片方の手で宝物を包み込むようにそっと触れてみる。

こんな自分は変だ。理性では分かっているのに、感情がそれを裏切る。
病のように、ある感情がゆっくり、ゆっくりと広がっていって、徐々に理性を侵食していくのだ。

けれど、知られるわけにはいかない。
知られたら、今までの自分たちではいられなくなるから。

だから、これは一時の気の迷い。麻疹のようなものなのだ。

絳攸はそう、自分に言い聞かすと、息を吐く。一旦目を閉じ、気持ちを落ち着かせると、再び書面と向き合う。書面に目を通し始めた 絳攸は先ほどまでの揺れ動いた表情は欠片もなく、鉄壁の理性と謳われる李侍朗の姿そのものだった。


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