空蝉 七


いくつめかの角を曲がったときだった。
明かりがふいに陰り、月を背にした長身の影が浮かび上がる。

「絳攸…!」
「楸…瑛…」

驚いたように自分を見つめるその人物は、今、絳攸が最も会いたくない人物だった。

「どうしたんだい?こんなところで、また迷ったのかな」

だがそれも一瞬のことで、楸瑛はいつもの余裕めいた笑みを口の端に刻み、普段と同じように絳攸を揶揄してくる。
常ならば、むきになって食って掛かってくるであろう絳攸が、黙り込んだままであるのをフ不思議に思った楸瑛は、
どうかしたのかと目の前の絳攸に手を伸ばす。

「触るな!」

思わずといった様子で、絳攸は楸瑛の手を手荒く払いのける。払われた楸瑛ばかりでなく、その手を払いのけた絳攸も咄嗟に取った自分の行動に唖然としてしまう。

「絳攸?一体どうしたっていうんだい?今夜の君は少し変だよ」
楸瑛は絳攸の突然の行為に怒ることも詰ることもせず、ただ、その表情を少しばかり真剣なものに変えた。

「変で悪かったな。その白粉くさい手で触られたくなかっただけだ」
これでは、嫉妬に狂った女そのものではないか。絳攸は自分の中の冷静な部分で、自分を嘲笑う。

「何を言っているんだ?絳攸」
怪訝そうに楸瑛は眉を寄せる。

「あいにくお前の逢引の約束までの時間つぶしにつきあうほど俺は暇ではないんだ」
履き捨てるように絳攸は言い捨てる。とにかく本来の目的である、楸瑛の衣を返して早く、この場から立ち去りたかった。


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