今、愛に生きます
ぱたぱたと何やら、忙しそうに走り回る足音がする。
それに混じって、時折『熱ッ』だの『痛っ』だのといった声があがる。
ぼんやりとした意識の中で一体何事だろうと思い、楸瑛はゆるゆると瞳を開ける。
どうやら、転寝でもしていたのだろうか。
欠伸と共に、楸瑛は軽く伸びをして改めて周囲を見渡す。
どうやら、ここは厨房らしい。
湯気の立ち込める蒸篭や、饅頭の中に入れるのであろう椎茸や野菜、肉片といったものが刻んであるまな板が目についたからだ。
何故、厨房などに自分は居るのだろう、疑問に思いながらも、それらは真剣な顔つきで蒸篭を覗き込む彼の想い人の姿の可愛らしさに、あっというまに吹っ飛ぶ。
決して、起用とはいえない手つきで、具を刻み饅頭用の皮に包んでいく。
何故、彼が饅頭を作っているのかは分からないが、大方、彼の養い親が関係しているのだろう。以前、ぼやいていたのを思い出し、そう結論付ける。
それにしても、可愛いなと楸瑛はこっそり呟く。
季節は、銀杏の葉も色づく頃だというのに、春爛漫なことを思い、自然顔がにやける。
銀糸の髪は頭の高い位置で無造作に結ばれ、髪が落ちないようにとの配慮だろうか、更に三角にした布を頭巾のように被っている。
服は汚れ防止の為、真っ白な前掛けをしており、縁には最近流行りの、舶来渡りの品、れぇすをあしらっている。
だが、格好は兎も角、料理の腕は今一のようで、時折、蒸篭が小さな爆発を起こすかのようにぼんっという音を立てる。
それもまた、彼らしいというのは惚れた欲目であろうか。
『絳攸』
呼びかけるが、料理に夢中な絳攸は気がつかないようで、しきりに首をひねりながら、火加減を調節している。
一体、そんなに真剣になって誰に食べさせようというのか。
以前、楸瑛が彼の手作り饅頭に手を伸ばそうとしたときはその手を遮られた。
そんな経緯もあって、ほんの少し嫉妬が混じる。
仕方がない、後ろから回って抱きしめて、振り向かそう。
そうしたら、きっと絳攸は飛び上がらんばかりに驚いて、こちらを睨みつけ、矢のように悪態を飛び立たせるに違いない。
ちょっとした、悪戯心を芽生えさせつつ、楸瑛が椅子から立ち上がろうとしたときだった。
不意に絳攸が振り返り、凍りついたような驚きの表情を浮かべる。
「危ない!」
危ないって、一体何のことだろう。それを問い返す前に楸瑛は何故か体がぐらりと傾ぎ,
気がつくと視界には白い前掛けの布が一杯に広がっている。
立ち眩みでもおこしたのだろうか、どうも頭が重いように感じる。
絳攸が自分に回した手が震えていたので、宥めようと、楸瑛は絳攸を抱きしめようと手を回そうとした、だが、そこで何かがおかしいとようやく気がつくこととなった。
その手は、絳攸を抱きしめるどころか、背中にすら届かなかったのである。