彩雲国版 マリア様がみてる 3


その手には、彼女愛用の扇はなく、咄嗟に投げつけたと見え、楸瑛がいた辺りの床に落ちていた。
「絳攸、こちらに来なさい」
つかつかと歩み寄り、楸瑛から引き離すと、黎深は絳攸のセーラーのタイをそっと撫でる。

「まったく、お前は隙だらけではないか!仮にも私の『妹』なのだから、少しは自覚しなさい」「申し訳ありません、お姉さま…」

尊敬する義姉であり、この学園内においても自分を『妹』として選んでくれた黎深の機嫌を自分の不注意によって、損ねてしまったことにより、絳攸は項垂れる。
ちなみに楸瑛といえば、おいしいところで邪魔が入り紅薔薇の黎深を恨めしそうにみていた。
『『『遅れてきたものが随分とえらそうな口を聞くものだ』』』

二人の世界を作っていた、黎深たちの耳に入ってきたのは、三つ子の痛烈な厭味であった。
もちろん、その厭味を黙って聞き流す黎深ではない。

「ほう、薔薇の館での集まりは、いつから集合時間が決まったのだ?確か、放課後における職務のはずだったが?私は、日直として授業で使用した本を図書室に返却しにいっただけなのだが。その際にたまたま実の姉上とお会いして話がはずんでしまっただけだが?」

『『『くっ』』』

先の言い分はどうということないが、黎深の口から出た『姉上』発言には、さすがの三つ子も悔しそうに唇を噛む。

潔ツは学園内の姉妹制度においての『妹』を持たない。

故に「おねえさま」と呼ぶことは実の妹である黎深以外できないことだった。潔ツの『妹』の座を密かに狙っていたことがある三つ子の唯一の泣き所であった。

それでも潔ツは、学園内において例え黎深であっても「おねえさま」と呼ばせることはしないのが救いではあったが。

「悔しかったら、貴様らも私の姉上のことを、おねえさまと呼んでみるがいい」
『『『姉大好きの変態シスコンがよく言ったものだ』』』

三つ子と黎深の間に、目に見えない火花が舞い散る。
恐ろしいことに両者ともに口許は笑っていても、その目が笑っていない。

コブラ対マングースにおける戦いの様に、絳攸は泣きたくなる。

気のせいか、蒼き龍と朱き鳳凰の幻までみえてくる。こうなったら、図書室に出向いて、潔ツさまに止めていただくしかない。
楸瑛の姿はいつの間にか消えているしで、途方にくれかけた、そのときだった。

「ノックをしたが、返事がないようなので、上がらせてもらった」
仮面に隠れて、くぐこもった声の持ち主が、眼前の光景を目にしても怯むことなく堂々と室内に足を踏み入れる。

「今度の校内新聞の記事は決まりだな。藍薔薇、紅薔薇の痴話喧嘩レポート」
「「「「鳳珠!気色悪いことを言うな!」」」」

このときばかりは、揃って同じ台詞を吐く四人に、本当は仲が良いのではないかと絳攸でさえ、チラッと思ったのだった。

後ろには楸瑛の姿があり、どうやらみかねて、この場を納められる数少ない人物の一人である彼女を呼びにいっていたらしかった。

「今年度の校内オリエンテーションの企画について話し合いにきた」
新聞部の切れ者部長として名高い、黄奇人の言葉に、4人は途端に生徒会長としての顔になる。

「そうか、ならば絳攸。出て行きなさい」
お茶の用意をしようとしていた絳攸を、黎深は扇で指すと、続いて先ほど、黄奇人が入ってきた扉を示す。

「え…」
当然、薔薇の館の一員である絳攸も居てしかるべきだと思い込んでいた、絳攸は面食らったような顔をする。

「絳攸、私たちがいては困るみたい。ここは紅薔薇さまの言うとおり、出て行きましょう」
同じように、兄たちから目配せを受け取った楸瑛が、絳攸の腕を掴み促す。

「では、藍薔薇さま、紅薔薇さま、失礼します」

蕾である二人は、姉たちに挨拶をすると、薔薇の館を後にした。

 

「お前が、黄奇人を呼びに言っていたとは知らなかった」
「ああ、さっきのこと?だって、あのまま、放って置いたら、薔薇の館、倒壊しかねないでしょ」

共に並んで歩きながら、先ほどの薔薇の館での出来事を思い出し、絳攸は、一応感謝をしたほうが良いのかなと頭の隅で考える。

「あの人たちを止められるのは、潔ツさまとか、シスター霄とか、それくらいでしょう」
「そうだな」

あの最凶な面々を止められるのは、慕われている潔ツさまや、海千山千の曲者である、シスター霄くらいのものだろう。

「あとは同級生である、黄奇人くらいか」
呟いて、絳攸はあの仮面は何なんだと、疑問を口にする。

「さあ?何でも高等部に入って間もない頃に、他校の男子生徒に顔が原因でふられたらしいわよ」
以来、ずっとあの仮面を被っているということらしい。それ故、本名とは別に黄奇人などという、おかしな仇名がついたが、本人はまったく気にする素振りがないのだかから、それはそれで良いのだろう。

「まったくこの学園の鷹揚さにも時折呆れるな」
「まあね」

楸瑛は、黄奇人以上に奇矯な中等部在籍の妹のことを思い出し、心の底から絳攸の意見に同意する。

「ねえ、絳攸少し時間ある?」
「あ、ああ?」

突然変えられた話題に、絳攸は首を傾げるが、特に予定もなかったので、素直に頷く。

「じゃあ、ちょっとだけ、私につきあってくれない」
そう言うが、早いか楸瑛は絳攸の手を繋いで、ぐいぐいと引っ張っていく。

「ちょ、どこに行く気だ?それにお前、剣道部はどうしたんだ!」
「剣道部は、薔薇の館に今日は行くからお休みするっていってあるから。試合も暫くはないし、心配しないで大丈夫よ」
「誰が、心配などするか!」

思いのほか、強い力で引っ張られて、絳攸はただなすがままに楸瑛に連れられていくばかりだった。

 

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