彩雲国版 マリア様がみてる 4


楸瑛に強引に引っ張られて、連れてこられた先は古びた温室だった。

「ここは…」
「そう。私たちが初めてあった場所」

そう言って、楸瑛は花壇の側のベンチに腰掛ける。絳攸も促され、隣に腰を下ろす。

「入試前の願書を出しの日、ここで、寝ているあなたを見つけたの。咲き誇る薔薇の中で眠るあなたをみたとき、とても驚いたわ」

「そうだったな。そしてお前に起こされた」
「だって、いくら温室とはいえ、ここは所々破れているし、あのままでは風邪引くと思ったのよ」

楸瑛は、本当のところは眠っている絳攸を一目見た瞬間から、心臓を鷲摑みにされたような感覚に陥り、目が離せなかったのだ。

赤い薔薇のアーチの奥で眠る彼女は御伽噺にでてくるお姫様のようで、その眠りから目覚めたときに最初に映るものが自分であれば良いのにと、そんな衝動に駆られ、絳攸を揺り起こしたのだった。

「あのときは、まさか共に受かって、こうして一緒に行動するようになるようになるとは思いもよらなかった」
「そうね、まるで運命みたいね」

そう言って、微笑むと絳攸は途端に嫌そうに眉を寄せる。

それに対して、くすりと笑って冗談よと言って目を伏せる。

あのとき、何故絳攸がここに居たのかは分からない、もしかしたら、迷った挙句、疲れて少し一休みしようと思ったのかもしれない。

けれど、それだけなのだろうか。ふと疑問に思い、今なら聞ける気がして、楸瑛は問いかけてみることにした。

「ねぇ、絳攸、あのとき何故ここにいたの?」
「え…」

ふいに問われたことに絳攸は暫し、考えこむような素振りを見せる。

「迷った…だけではないんだ。ふらふら歩いてたら、ここに辿り着いて…ここは紅薔薇が綺麗に咲き誇っていたから」

どこか夢みるような口調で絳攸は言い、目の前に咲く赤い薔薇をみつめる。

「そう…」

紅薔薇は、絳攸の学園での『姉』でもあり、私生活においての義姉でもある黎深を表す。
絳攸のとって、黎深は絶対的な存在であり、その位置を覆すことはできない。

「私は、黎深様のお役に立つ為に、この学園に入学したからな」

そこには、学園内においての姉妹制度の粋では測れない、繋がりがあった。

「妬けるわね」
「何か言ったか?」

小さな呟きは絳攸の耳に入ることはなく、それがほっとしたような残念なような複雑な気持ちを楸瑛にもたらした。

「それで、お前がここに連れてきた用事はなんだったんだ」
「忘れ物をしたと思ったのだけど、勘違いだったみたい」

先程、黎深に素気無くあしらわれた絳攸も、ここに来て身のうちを吐露することができて、少しは浮上したようだった。

絳攸の萎れた顔などみていたくないから、気晴らしにと思って連れてきたのだったが、どうやら功を成したようで、良かったとほっとする。

もちろん、それを知ったら、心優しい彼女は気に病むだろうから、自分の用事については楸瑛は曖昧に誤魔化す。

「ね、絳攸帰りに買い物して帰りましょう」
「制服でか?」

スカートを軽く払って、立ち上がると今、思いついたとばかりに楸瑛は提案する。

「ランジェリーショップくらいなら平気でしょ」

そう言って、絳攸の背後に音もなく回ると、つと背中に指を滑らせる。

「きゃぁあっ!」
「絳攸、ブラは胸にあったものをしないと、益々成長しなくなるわよ」

制服の上から器用に下着のホックをはずした楸瑛が瞳を光らせて宣言した。


 

「まったく昨日はひどい目にあった。あの常春女!」

ぶつぶつと文句を言いつつ、絳攸は薔薇の館へと向かう。

結局、昨日は楸瑛行きつけの下着専門店とやらに連れていかれ、下着を取り払って採寸までされてしまった。
挙句、その様子を面白そうに笑いながら見ている楸瑛という最悪なことこの上ない状況だった。

見るなと言えば、女同士だから良いじゃない。と反論に困る台詞を吐かれてしまった。

そのときのことを思い出すと、何故か心臓がどきどきとしてしまうのだ。

「だいたい、あいつには羞恥心というものがないのか!」

ふと気がつけば、薔薇の館へ向かうはずが、またもや見当違いの場所に来てしまったようだった。

新聞部と書かれたプレートは、部室棟の一画にあるものであり、離れに立っている薔薇の館とは建物自体が違うことを絳攸に示す。

どうしたものかと、内心の動揺を隠さずにいると、運良く内側からドアが開き、見知った人物が現れた。

「おや、どうしたのですか、このようなところで、今から薔薇の館へ伺おうと思っていたのですが」

景柚梨、新聞部の副部長を務める有能な人物で、成績優秀、尚且つ人当たりも良いという、学園内に置いても中々有名な人物であった。

「あ、いえ、私はちょっと。そうですか、薔薇の館に行くならご一緒しても宜しいですか」
「ええ、喜んで」

ふんわりと微笑まれ、マリア様の微笑みとはこういうものなのではないだろうかと絳攸は、そんな考えが頭を過ぎった。

 

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