彩雲国版 マリア様がみてる 5



二人で他愛もないことを話しながら、薔薇の館へと向う。
ぎしぎしと軋む階段を慎重に上りながら、扉を開ける。
すると、部屋の中にはいつもの山百合会のメンバーだけでなく、何故か新聞部の部長でもある、仮面の主がいた。

「遅かったね、絳攸」
「申し訳ございません。HRが長引きました」

愛用の扇をぱちんと鳴らしながら、黎深がちらりと絳攸を見遣る。

「ふん、まぁ良い。早く座りなさい」
「はい」

どうやら、機嫌は悪くないらしく、扇で隠していることによって、その口許は見えないが、笑みを浮かべているように思える。

黎深の機嫌が良いときは、何か企んでいることが多く、絳攸は戦線恐々としながらも言われるまま席に着く。

「では、全員揃ったところで、今年度のオリエンテーションの企画を説明させてもらう」
「まずは、お手元の資料をご覧下さい」

新聞部の部長、副部長によって冊子が配られる。そこには、デカデカとしたポップな見出しで、『スペシャル企画、薔薇のつぼみのお宝を探せ!』と書いてあった。

(何だこれはっ!)

ぱらぱらと読み進めていくうちに絳攸は、理不尽な怒がふつふつと燃え上がってくるのを感じずにいられなかった。

「なんなんですかこれはっ!」

バンッと机を叩き、ついで、資料とやらをばしばしと手で指し示す。

「何と言われても、今年度のオリエンテーションの企画だが」

新聞部の部長は平坦な声で答える。もっとも仮面越しのため、その声は感情が篭もっていたとしても読み取りづらいだろうが。

「それはわかっています。問題はここです!」

絳攸が指で指した部分には、『見事カードをGETした人は薔薇のつぼみとの一日デートがついてきます』と書いてあった。

薔薇のつぼみ。すなわち楸瑛と絳攸。この二人とのデートが優勝者にはついてくるというものだった。

「当人の許可も得ないで、勝手にこういうことをしないで下さい」
「そうはいうが、お前の姉からは許可をもらったぞ」

聞いていなかったのかと、逆に聞き返され、絳攸は言葉に詰まる。

「ちなみに私も初耳です」

楸瑛が手を挙げて発言した。

黎深はと見れば、明後日の方向を向いて、つまらなそうに扇を揺らしている。

「では仕方ない、ここで改めて許可を取ろう」

仮面の主の言葉に同じく興味なさそうにしていた、三つ子たちが楸瑛の方に向き直る。

「「「楸瑛、出なさい」」」

三つ子と楸瑛の視線がかち合ったのはほんの一瞬で、次の瞬間有無を言わさない命令が下された。
「わかりましたよ。お姉様方」

全面降伏とばかりに楸瑛は両手を軽く挙げて賛同の意を示す。
味方が減ったことによって、焦った絳攸は黎深に呼びかける。

「あ、あの、お姉さま」
「絳攸、私の言いたいことは分かっているね」

チラッと視線を投げて寄越すが、そんなことは知ったことではない。

「私は嫌です」
「いい度胸だ絳攸」

絳攸のきっぱりとした、否の言葉に黎深は扇いでいた扇を閉じ、隣に座る絳攸の頤をその扇で持ち上げる。

「絳攸、私は出なさいと言っているんだよ」

笑みを浮かべて黎深は絳攸に再び問いかける。

「…はい」

所詮、黎深に逆らえるはずがなく、無理やり絳攸は是と答えさせられる。

「では、皆さん、全員一致でこの企画にご賛同いただけるということですね」

目の前の攻防など、気に留めた風もなく、景柚梨はマリア様の笑みを浮かべると、ホワイトボードに、改めて議題を書きこんでいく。

「まず、宝というのは、単なるカードだ。手書きのメッセージカードと思ってくれて良いだろう。それを、引き当てたものが、副賞としてつぼみとのデート券になるという仕組みだ」

渋々参加表明をさせられた絳攸はメモを取る気もなく、不服そうな表情でホワイトボートを睨んでいる。

「このオリエンテーリングの目的は、山百合会と一般生徒との交流が目的です」

鳳珠の説明を柚梨が受け継ぐ。

曰く、一般の生徒にとって、山百合会のメンバーは雲の上のような存在であり、近付きたくても、近づけない生徒がほとんどだという。

そこで、彼女らも学園の一生徒に過ぎないということをアピールする為、このような企画を新聞部と打ちたてたというのだった。

学園のアイドルたちとのデートがかかっていると知れば、大概の生徒たちは喜んで参加するだろう。

「早い話が宝探しゲームってことね」

楸瑛が面白そうに言う。

「質問ですが、それは誰でも参加できるということですか?」
「もちろん、この学園の生徒であれば誰でもだ」

楸瑛の質問に当然といったふうに鳳珠が答えた。

「分かりました。ありがとうございます」

楸瑛は、にっこりと微笑んで、絳攸に『よかったわね』と振る。

微笑まれた絳攸としては何が良かったというのかさっぱり分からぬままだった。

 

 

そして迎えたオリエンテーリング当日。

当日、いつもより一時間早く登校した彼女たちには、楸瑛には青いカード、絳攸には赤いカードが渡された。カードと共に、公平を課すために当日まで内緒にされていた、宝探しの範囲を書いた地図も渡された。

暫く、その地図を眺めて考えていた二人だったが、やがて隠し場所のあてがついたのか、楸瑛が何事かを新聞部の部員に耳打ちし、青いカードを隠すべく新聞部見届けの元、目的の場所へと向かっていった。

それを見て、どうしようか悩んでいた風情の絳攸も、もう一度地図をみると少々迷ったような表情で顔をあげた。

「あの、カードに穴を開けてもかまいませんか」
「穴ですか?穴空けパンチ程度ならかまいませんよ」

一瞬、考え込むような素振りをみせた、柚梨は許可を出す。

何をするつもりなのかと問いただしたげな彼女に絳攸は黙って、パンチを受け取ったのだった。

 

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