彩雲国版 マリア様がみてる 6



放課後、HRを終えて校庭に向かうと、既にそこには多くの生徒たちが集まっていて、この企画の注目度のほどを物語っていた。

「皆、結構ヒマなのね。中には中等部の生徒も居るわよ」
「なんで、お前はそんなに楽しそうなんだ?」

目の前の人の多さと、珍獣を見るかのようにきゃいきゃいと騒がれ、絳攸はいささかうんざりとした様子で、隣の楸瑛を見遣る。

「だって、私たちも参加するんだもの、だったら、せっかくだから楽しまないとね」

その言葉に絳攸は複雑な表情をする。もちろん、絳攸とて、今回の宝探しの目的とやらを聞いたからには、単なるおふざけではないことは十分承知している。

けれど、理解はしていても感情はついていかない。

絳攸は未だに、彼女たちふつうの生徒たちのように、無邪気に笑えないのだ。

自分は、生まれたときから両親はなく施設で育った。甘えることも、我侭を言うことも我慢して育ってきた。
その、絳攸を自分の義理の妹にと望んでくれたのが黎深だった。

紅家の養女となったからには、その恩に報いるだけのことをしなければいけない。絳攸の頭の中を占めるのは常にそのことだった。

そういった意味で、幸せそうに笑う彼女たちにある種の疎外感ともいうべき、馴染めなさを感じていたのだった。

「絳攸、リボン、今日はしていないのね」
「え、あぁ。体育の授業があって、それで取ってしまって…」
「ふーん。そう」

やけに目敏い楸瑛に絳攸はどきりとする。

いつも絳攸は赤いリボンで髪を束ねている。それが、今は楸瑛の言う通りただのゴムで結わいてあった。

本当のところを言うと、赤いカードを隠す際に使ってしまったのだが、隠し場所は誰にも言ってはいけないことになっているので、当然ヒントとなるべきことも例え楸瑛と言えども口を滑らすわけにいかなかった。

「それでは、皆さん、準備が整いましたようなので、スタートとさせていただきます」

柚梨の声に集まっていた生徒たちが、それぞれ、思い定めたほうへと散っていく。未だにどうして良いか分からずに、立ち尽くす絳攸に、楸瑛は宣言する。

「必ず、絳攸のカードをみつけてみせるから!」

デートしましょうね。と言い残して、楸瑛は後ろに続く多くの生徒たちを振り切るかのように走り出した。

「デートって…本気なのか…」

一方的な楸瑛の宣言にぽかんとする絳攸だったが、ふと気が付くと、残る生徒たちも疎らになっている。
いつまでもここに、ぼうっと立っているわけにもいかず、仕方なしに行くあてもなしに、一歩を踏みだす。

すると、残っていた生徒たちも同じように、一歩を踏み出す。

怪訝に思った絳攸が立ち止まると、彼女たちも立ち止まる。

(なんなんだ…)

流石におかしいと感じた絳攸が、後ろを振り向くと一定の距離を保ったまま、彼女たちは、その場に留まったままだった。

絳攸が無視して歩調を速めると、彼女たちも同じ速さで後をついてくる。これでは、先ほど、楸瑛が引き連れていた生徒たちと一緒ではないか。

ついてこられるのも鬱陶しくて、走り出せば、背後の彼女たちから、『楸瑛様のカードが逃げるわよ!』などという声が聞こえた。

逃げたのは自分で、楸瑛のカードではないが、漸く彼女たちの狙いが絳攸にもわかった。

楸瑛が、スタートの合図と同時に後ろを振り切るかのような全速力で走り出したのも、同じ理由で、あちらには自分のカードの在処を知っているに違いないと思った生徒たちが、金魚のフンよろしく、くっついていったのだろう。

「私は、楸瑛のカードの在処なんて、知らない!」

背後に向かって叫ぶが、それでも彼女たちは絳攸の後を追うのをやめない。

「それでも、あなたなら、私たちよりは検討がつくはずよ!」

追ってきた一人が、一同を代表して声を張り上げる。

―本当に知らないし、検討もつかないのに、あの常春のお陰で、とんだとばっちりだ―

絳攸は、あがる息の中で、こうなったら何としてでもみつけて、見つけたカードをあの常春に叩き返してやらねば気がすまない。

そう決意して、なけなしの体力を振り絞り、必死で走るのだった。

 

 

「ああ、みて、あんなに必死になって探し歩いているよ。探している宝物はすぐそこに隠されているのにね」
「おや、惜しいね。楸瑛は肝心なところで、ツメが甘いから。雪、教えにいっちゃおうか?」

妹たちの言葉に雪と呼ばれた、少女は振り返る。

「やめなさい。妹たち。そんなことをして、絳攸殿のカードを手にしても、あの子は喜ばないよ」

中庭にある薔薇の館―。その窓から、身を乗り出して、階下の様子をみていた二人の妹を、一番上の姉である彼女は嗜める。

楸瑛が探しているもの、それは、楸瑛自身でみつけなければいけないものであり、人の力を借りて、手に入れた宝物など、嬉しくもなんともないだろう。

そんなことをすれば、例え姉とはいえ、楸瑛は本気で怒るに決まっている。生真面目な妹のその様が用意に想像でき、口元をふっと緩める。

「そういえば、黎深、絳攸殿の首尾はどうなんだい?」

窓の外の喧騒など、興味もないといったふうに、紅茶で喉を潤す、紅薔薇の黎深に問いかける。

「ふん、知ったことではないな。アレが、どうしようと私に聞くのは筋違いだ」

カップをソーサーに戻し、面白くもなさそうに応える。

だが、一見冷たいように聞こえる、その言葉も、裏を返せば、『絳攸がどうしようが、絳攸が決めたことだから、自分が口を挟む問題ではない』という、絶対的な信頼関係と絆がなければ、口にだせない言葉だった。

「ふーん。成る程ね。なら、楸瑛が絳攸殿とのデート券を手に入れたら、ぜひうちの邸に来てもらうように伝えなければね。私たちも盛大に御持て成しの準備をするよ」

その言葉に黎深は、いつの間にか隣に腰掛けた、整った容貌を冷たい瞳で一瞥する。

「貴様らの妹が、手にするとは限らんだろう。例え、手に入れた処で、果たしてアレが、承知するかどうかは別だな」

その辺の教育はきちんと施してある。と黎深は口の端に凄絶な笑みを浮かべる。

「だから、君は面白いよ」

机の上に頬杖をつきながら、雪那は好敵手ともいえる相手をみやるのだった。

 

 


 

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