彩雲国版 マリア様がみてる 7


中庭にある、薔薇の館から程近い古い温室に楸瑛は居た。チラリと楸瑛は左腕の腕時計をみる。

「もう、こんな時間…。あと三十分もない」

常に笑みを絶やすことのない、その表情には珍しく焦りの色が隠せない。

思ったよりも探すのに手間取っている。それの一因として、どこまでもしつこくついてくる金魚のフンを巻くのに時間がかかったというのもあるだろう。

だが、それらを巻いた後で探し始めた楸瑛だったが、一向に絳攸のカードを見つけられないでいた。

この温室は、一番初めに探したが見つからなかった。

その後、図書室や、お聖堂、果ては、中庭のマリア像といったところまで、探したが見つからなかった。

あと、もう少しでタイムリミットとなる。

決められた時間内までに探し出せなかった場合、そのカードは無効となる。

まだ、紅のカードがみつかったというアナウンスは聞いていないから、この校内のどこかに隠れているはずだった。

迷ったときは、原点に返れ。何故か楸瑛の頭の中でその言葉が浮かび、そう考えると、足が向いたのはやはり、一度探したここだった。

何としてでもみつけだしたい。

絳攸を自分の方に振り向かせるには、それくらいはできなければ話にならない。

そうしなれば、自分はあの紅黎深と同じ土俵はおろか、スタート地点にたつこともできないだろう。

「俯いてなんかいられないわね」

楸瑛が決意も新たに自分を奮い立たせようと天井を見上げたときだった。

目の端に赤い布地が移ったような気がして、楸瑛は絡まる蔓を掻き分け、薔薇の棘によって、手にひっかっき傷ができるのも気にもとめず、目的のものを探し出す。

「見つけた…」

それは、赤いリボンによって止められた赤のカードだった。

紅薔薇のアーチの中でひっそりと訪れを待っていたカードはまるで、絳攸の心そのものを表しているようで、誰かにみつけだして欲しいと願いながら、埋もれていたカードを楸瑛は大切な宝物を手にするように、そっと抱きしめるのだった。

 

 

「皆さん、揃いましたようなので、結果発表とさせていただきます」

再び、校庭へ集合となった生徒たちは、口々にカードの行方を話していたが、柚梨のアナウンスにより、ざわついていた場が、しんと静まる。

「まず紅のカードをみつけたのは、藍楸瑛―青薔薇のつぼみ―です」

わっというざわめきと共に、名を呼ばれた楸瑛が壇上にあがる。

「このカードをどちらで見つけられましたか?」

「はい。中庭にある旧温室にある薔薇のアーチです。この赤いリボンが通してあったので、それがヒントになりました」

楸瑛は、皆に見せるかのように高々とカードを掲げる。

「ありがとうござました。そして、青いカードですが、残念ながら発見者はいらっしゃいません」

その言葉に、生徒たちのざわめきが大きくなる。

「では、青いカードの行方は後ほど、校内新聞の貴陽瓦版でお知らせしたいと思います」

閉会の挨拶に、生徒会長である黎深たちが現れ、再び生徒たちの興奮は高まる。
そんな、生徒たちの喧騒をよそに、絳攸は発表された出来事に驚きを隠せないでいた。

「楸瑛が…紅のカードをみつけた」

紅い薔薇の中に隠したカード。古ぼけた温室など、普通の生徒は見向きもしないだろう。

けれど、絳攸にとって、隠し場所といったら、ここしか思いつかなかった。
この場所に咲く紅薔薇は絳攸が初めてこの学園にきたときに、見つけたものだった。

自分にとって、何よりも大切な人である、あの人そのもののように、咲き誇る大輪の薔薇。
あのときも、学園内を迷い疲れて眠り込んでいる絳攸をみつけだしてくれたのは楸瑛だった。

あまりの偶然の一致に絳攸は唖然となっていた。

 

 

長かった一日が終わり、鞄を取りに薔薇の館へと向かう。
電気が消えているということは、もう黎深たちは帰ったのだろう。

「すっかり、日が暮れてしまったわね」

楸瑛はそう言って、ほんの少し開いていた窓を閉めに向かう。
そこから、冷気を含んだ夜気が入り込んできて肌寒さに絳攸は腕を摩る。

「さ、私たちも帰りましょう」

そう告げて、帰り支度を始める楸瑛に、絳攸はそっと近づき、セーラー服の袖を、そっと引っ張るのだった。

「楸瑛…、そのすまない。私も青いカードを探したけれど、みつけられなかった」

申し訳なさそうに、謝る絳攸に楸瑛は意外だというふうに瞳を瞬かせる。

「別に気にしないで。私が、あなたのカードをみつけたかったんですもの」

項垂れた絳攸に、楸瑛は微笑みかける。

ふと、目線が下がったことによって、見るとはなしに、目に入ってきた楸瑛の手に、引っかき傷のようなものが、いく筋もついているのに絳攸は驚いて顔をあげる。

「お前、これどうしたんだ!」
「ああ、たいしたことじゃないのよ。ちょとカードを取る際に、焦ってたものだから」

困ったように、少し苦笑してバツの悪そうな顔をする。

「馬鹿か!時間がなかったのなら、台座のところにいけば、鋏があっただろう。それでリボンを切るか、枝を切るかすれば良いだろう!」
「だって、そんなことをすれば、あなたの大切にしているリボンは使い物にならなくなってしまうし、枝を切るなんて、花に悪いじゃない?」

楸瑛は、そういって片目を瞑ってみせる。

「だからといって…」
「そんな、困った顔しないで。あなたを困らせるためにやったことではないのだから」

「何で、お前はそんなに私を構うんだ?」

楸瑛は、何の得があって、自分に構うのだろうと、ずっと疑問に思っていたことを口に出してみる。

「決まってるじゃない。あなたが好きだからよ」
「好き?」

目を瞬かせて、小首を傾げる絳攸に楸瑛は苦笑する。

「本当よ。あなたは私のことが嫌い?」

黒い真珠のような瞳がじっと絳攸の答えを待つ。

楸瑛はずるいと思う。こんな真剣な表情で『好き』ではなく『嫌い』かと聞くなんて。誤魔化しは一切許されない。退路を立たれたも同然だ。



 

TOP NOVELTOP 次へ