マリア様がみてる〜春〜 2

 


一説には、夫の財産を巡る親族同士の争いによって命を落としたとも、噂されているが定かではない。
そのような背景があるにも関わらず、後継者について何の指名もしないまま、先代の学園長は長い患いの後、とうとう一昨年なくなってしまったのだという。
「そこでじゃ、ただ一人残った、六番目のお嬢様である、劉輝さまを、二人に補佐してもらって、行く行くは、この学園の学園長となってもらいたいのじゃ」
と、シスター霄は一通り話しあえた後、壮大ともいえる計画を打ち明けた。
「お断りします」
今まで黙って聞いていた、絳攸が一刀の元に切り伏せる。
「何故じゃ、老い先短い老人の頼みを聞いてはくれぬのか」
何と近頃の娘は薄情なものだと泣き崩れるが、知ったことではなかった。
「同じく私もお断りですね」
ついで楸瑛も絳攸と同じ答えをだす。
「そもそも、劉輝さまという方は、まともに登校もせず、偶に登校したと思ったら、保健室だか、どこだか知りませんが、ふらりといなくなってしまうという困った方ではないのですか?」
そのような、不真面目な方に仕えるつもりは毛頭ありません。と絳攸が跳ね除ければ、楸瑛もその後を引き継ぐ。
「そもそも、登校もままならないほど、お体が弱いのでしたら、凡そ、学園長などという激務はこなせないとみましたが」
さらりとした口調ながらも痛烈な嫌味を言ってのける。
「ふうむ、ならばそなたら二人のどちらかの『妹』にしてはどうかの?そなたらは、まだ『妹』を持ってはいまい」
「お言葉ですが、まだ、私たちは二年生になってたったの十日あまりです」
そんな短期間で学園生活において重要な意味を占める『妹』の存在をどう決めろというのか。
「それに、自分の妹は自分で探すべきだと思っています」
人に押し付けられた妹など冗談ではないと絳攸は思う。そう、いつか『妹』を持つなら、頭の回転が速く、それでいて素直な子が良い。それくらいのぼんやりとした希望はあった。
「用件がそれだけでしたら、失礼します」
そう言って、頭を下げると絳攸は席をたつ。
「私も、剣道部の方がありますから、失礼します」
続いて楸瑛も席を立つと、二人は揃って薔薇の館を後にするのだった。
 
 
「まったく、お姉さまたちが大事な話があるから即、来るようにと言うから、急いでいってみれば…。無駄な時間を過ごしたな」
「そうねぇ。私も、いくらお姉さまたちに言われてもこれだけは、ちょっとね」
隣を歩く楸瑛もそう言って肩をすくめるのだった。
「絳攸は、この後、どうするの?」
放課後の予定を何とはなしに尋ねてみる。
「今日は、花寺学院にいかなければならないんだ」
「花寺に?」
絳攸の答えを聞いて楸瑛は眉をひそめる。花寺学院とは貴陽女学園の近くにある、男子校だった。
「百合君さまが、帰りに付き合って欲しいというから…」
百合君とは黎深の婚約者であり、会うたびに『黎深も絳攸の半分でも良いから、可愛かったら良いのに』などと言っては絳攸を一方的に猫可愛がりし、その度に絳攸を困らせては、反応を楽しんでいるという曰く月の人物だった。
「そう。男嫌いの貴方が珍しく大丈夫な相手だものね」
納得がいったとばかりに楸瑛は頷く。
「でも、気をつけてね。本当は私もついていきたいところだけれど、ちょっと今日はダメなのよ。すまないわね」
「部活だろう?それに、花寺までは一本道だ。心配されるようなことはない」
「うーん。まぁ、貴方の場合、それでも迷いそうでねぇ」
「私は迷ったことなんてないっ!ちょっと道をはずれたことがあるだけだ!」
世間ではそれを迷ったというのでは。と言いたかったが、それを言えば、益々むきになって毛を逆立てた猫のようになるので、それはそれで可愛いのだが、今は楸瑛とて、少々急ぐ用事があった。
「とにかく、気をつけて」
「わかっている!」
狼の群れの中に子羊を投げ込むようで心配だが、百合君がついていれば、よもや間違いは起こるまい。そう願って楸瑛はその背を見送る。
「さて、私も行かなければね。まさか、今頃あれを持ち出されるとは予想外だったけど」
誰に聞かせるわけでもなく、一人ごちるが、その呟きは風に掻き消える。
そう、今頃になって、『あのオリエンテーション時の青のカードを持っています』というメモが楸瑛の履箱に入っていたのだった。
いつの間にか、なくなっていた青のカード。
それを今更持ち出して一体何をしようというのだろうか。
「まあ、とにかくこの指定された場所に行ってみるしかないわね」
楸瑛は手の中に持った、手紙というには、あまりに素っ気無い、簡潔な用件だけが書かれた紙片を、もう一度見つめるのだった。

 







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