マリア様がみてる〜春〜 6

 

立候補の受付の締切日、ちょっとした事件は起きた。
候補者はこの日、全員揃って、選挙についての説明を聞くことになっていて、既に届出を済ませている、静蘭、楸瑛、絳攸の三人は椅子に座って、説明開始を待っていたが、教室の外が騒がしい。
やがて、ばたばたという足音が聞こえたかと思うと、一人の少女が飛び込んできた。
「私も立候補をさせてください」
走ってきたのか、息を切らした劉輝が現れる。
彼女はそう言って、候補者が揃っているところに姿を見せた。
楸瑛と絳攸は少し驚いたふうであったが、静蘭だけはこうなることが分かっていたと言わんばかりに、前をみたまま、ほんの少し微笑んだのだった。
 
 
選挙管理委員から、一通りの説明を受けた後、解散となる。
「楸瑛、絳攸、ちょと話がしたい」
教室を出て行こうとしたところを劉輝に声をかけられる。
「良いですよ。私たちもあなたにお話がありますから」
楸瑛が応えると、劉輝はぱっと気色満面の表情を浮かべる。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「返事をしてもらえた。口も聞いてもらえないかと思っていたから。だからそれが嬉しい」
まだ、何も言っていないのに、口を聞いてもらえたといってそれだけで、こんなに喜ばれたのでは、どうにも決まりが悪い。
「ああ、そうだ、この前はすまなかったな」
つい、感情的になってしまったことを絳攸は詫びる。
すると、劉輝はきょとんとした表情をして、首を傾げる。まったく何のことかわかっていないようだった。
楸瑛は二人の遣り取りを聞いて堪らずに噴出す。
「何がそんなにおかしい!」
「いえ、別に…ね」
どういう心境の変化があったかは知らないが、先日図書準備室であった、幽霊のように存在感のない少女はもう、ここにはいない。
しかも、ガードの固い絳攸の警戒心を一瞬にして解くとは、なかなかの大物のようだ。
「で、話とは何なのです?」
笑いを収めた楸瑛は、劉輝に問いかける。
劉輝は楸瑛と絳攸を代わる代わる見つめると、自分を落ち着かせるように大きく息を吸う。
「私は、二人が欲しい」
劉輝はしっかりした声で、自分の気持ちを伝える。
「私は、生徒会選挙にでる。ただ、会長としての枠は二つしかない。そうすると、私はどうあっても二人を同時に得ることができない」
そう、今期だけは、通常二つの枠に特別として、藍家の三つ子姉妹がいた。
それは、三人で一つ。誰が欠けても自分たちは生徒会長などやる気はない。と言い切り、三人のうち誰を選べと言われても生徒たちも困ってしまうため特例として認められたのだった。
けれど、今期は違う。枠は二つと既に発表されている。
つまり、楸瑛と絳攸の二人が受かるにしろ、劉輝が受かるにしろ、どの道、二人を同時に得ることはできないのだ。
「それで、どうするというんだ?」
絳攸は相手の出方を伺うように、ゆっくりと腕を組む。
「私は、会長ではなく、副として立候補したい」
「それは、私たちに譲るということか?」
絳攸の問いかけに劉輝はどういったものかと暫し思案するように、視線を上に向ける。
「譲るというのとは、ちょっと違うと思う。私は未熟だし、いきなり会長をやれと言われても無理だと思う。それで、今期は会長になったものたちのやり方を見て、学んだ上で、来年、もう一度、会長に立候補したいと思うの」
劉輝は自分の考えを上手く言葉にできたことで満足したのか、屈託のない笑顔を楸瑛と絳攸に向ける。
「つまりは、静蘭にせよ、私たちにせよ、会長となったものの助けを借りて、来期に備えるということですね」
楸瑛が面白いことを言うとばかりに興味深そうな表情をする。
「いいでしょう。それで選挙管理委員の方には言ってあるのですね」
劉輝はこくりと頷く。
「まぁ、面白い案だな。ただし、信任投票になるだろうから、そこで信任を得られなければ、それまでだがな」
口では厳しいことを言いながらも、絳攸も悪くない案だといわんばかりに微かに口元が微笑んでいる。
楸瑛と絳攸は、互いに顔を見合すと頷く。
「合格ですよ。劉輝さま。私たちが会長になったら、全力であなたに仕えます」
楸瑛は自分たちが負けることなど、想定していない自信に満ちた言葉だった。







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