マリア様がみてる〜春〜 7

 

それからというもの、選挙に備えて、立会演説用の原稿を書いたり、各教室を回って支持をお願いしたりと、慌しい日が続いた。
始め、誰しも現役の役員である、楸瑛と絳攸つまり、蕾の二人が独走状態かと思われたか、意外にも静蘭を支持するものは徐々にではあるが増えつつあった。
一年生が、生徒会長である薔薇様に立候補するという物珍しさも手伝ったのだろうが、外部入学として、一歩引いた目線でみた生徒会の役割というスローガンが生徒たちの心を掴んだようだった。
最大の目玉はもちろん生徒会長を決める会長選だが、今回は副会長立候補、それも亡き学園長の娘という話題につきない選挙で、そちらの行方も校内新聞にて注目すべき出来事として書かれているのだった。
「静蘭!」
そんな忙しい日々の中、劉輝は廊下を行く、一人の少女の姿を劉輝は見つけ、急ぎ駆け寄る。
「劉輝さま。どうなされたんですか?」
息を切らして走ってきた劉輝に、静蘭は驚いた封も無く穏やかな眼差しを向けると、微笑みかける。
劉輝はしばし、その微笑に只、ぼうっと見とれる。
「劉輝さま?」
もう一度、問われ劉輝はようやっとは用件を思い出した。
「静蘭、これありがとう。ちゃんと洗濯してあるから」
劉輝はセーラー服のポケットから、いそいそと綺麗に畳まれたハンカチを取り出す。
「アイロンがけなんて、私、初めてやったから皺になってたら、ごめんなさい」
「貴方が、ご自分でおやりになったのですか?」
「ええ!だって静蘭から借りた大切なハンカチだから、私が綺麗にして返したかったのだ!」
そういって、劉輝は屈託のない無邪気な笑顔で言う。
劉輝自身が家事をやらなくても、幾人もの使用人がいる紫家では不自由することがない。
それでも、これだけは他の誰にも触らせたくなかったのだ。
「そう、ありがとうございます。劉輝さま」
「お礼を言うのは私の方。静蘭に話を聞いてもらって何だかすごく、すっきりして。こんなことは、姉上が居なくなって以来。もう…長い間なかった」
少し寂しそうに劉輝は気持ちを打ち明ける。
「劉輝さま、ごめんさない」
「あ、ごめんなさい!こんな話をするわけではなかったの。選挙頑張ってって言おうと思ってたのだ」
まるで我が事のように辛そうな顔をする静蘭に劉輝は慌てて手をふる。
「ええ。ありがとうございます。劉輝さまも。劉輝さまでしたら、行く行くはきっと良い、学園長になられると思います」
静蘭の言葉に劉輝は瞳を瞬かせる。
「不思議…。私は今まで私に学園長なんて納まるはずないって思ってたけど、静蘭が言うと何だか、できそうな気がするの」
劉輝は小首を傾げ、交差させた手を自らの胸にあてる。まるで、自分の中の知らなかった自分を静蘭が引き出してくれるようだと思った。
「そう、思うのでしたら、まずは副会長の信任支持、取り付けて下さいね」
「う、そ、そうね。まずは一歩というところだわ」
劉輝は自らを励ますように小さくガッツポーズを作る。
そこには以前の一人でひっそりと泣いていた幽霊のような存在感のない少女の面影はどこにもない。
「それより、紅薔薇の蕾が貴方を探していらしたようですけれど、ここに居て良いのですか?」「あ、しまった!絳攸に立会演説用の原稿をみてもらうんだった!待たせると怖いから行かないと!」
満開の向日葵のような笑顔で劉輝は静蘭に別れを告げると、来たときと同じような慌しさで去っていった。
「劉輝は本当にいい子に育ってくれたわね。嬉しい」
静蘭は呟く。窓からは茜色の夕日が差し込み、静蘭の満足そうな、そして同時に苦悩を滲ませた表情を照らし出していた。
 
 
 
「遅い!何をやっていたんだ!」
二年の教室に入ると、そこには不機嫌そうな顔立ちで、腕組みをしている絳攸の姿が、あった。
「ご、ごめんなさいなのだ」
怒りのオーラが見えるようなあまりの迫力に劉輝は首を竦め、飼い主に叱られた犬よろしく、見えない尻尾と耳をしゅんと垂れされる。
「まぁ、まぁ、絳攸。いいじゃないの。劉輝さまだって色々おありなんだろうし」
「何で、お前がここにいるんだ!藍楸瑛!!とっとと剣道部に行ったらどうなんだ!」
横からかけられた、のほほんとした声に絳攸はぎっと視線を移す。
「あら、ここまで連れてきてあげた恩人に対してその言い方はないんじゃないの?劉輝さまがいらっしゃらないからって、探し回って、結局貴方自身が迷子になったのよね」
「う、うるさい!一年の教室など私の行動の範囲外だというんだ!」
「その一年の教室を使用していたのはそう昔のことではないと思うけれど?」
ああいえば、こういうとはまさにこのことで、しれっとした顔で絳攸の傷口に塩を塗っていく有様に活火山と化した絳攸は今にも爆発しそうだった。
「あー、その絳攸。立会い演説用の原稿の草案を作ってきたんだが、見てもらえないだろうか」
放っておくと、いつまでも続きそうな舌戦に劉輝は恐る恐る、原稿を差し出す。
「あ、ああ、そうだったな」
絳攸は気を取り直すように、こほんと一つ咳払いをして、黙って目を通し始める。
「劉輝さま、あなた本当に選挙出る気あるんですか?!」
「私は何か間違ったことを書いただろうか?」
「何だ、この皆が楽しく過ごせる学園にしていきたいというのは!もっと表現の仕様があるだろう!」
顔をあげた絳攸は、学内一の才媛と謳われる、厳しい評価を下す。
ばさっと机の上に投げ出された、原稿を楸瑛も手に取りぱらぱらと捲り始める。
「成る程。言いたいことも、訴えたいこともわかりますけれど、ちょっと具体的とはいいがたいですね」







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