マリア様がみてる〜春〜 8

 





彼女の言うことはもっともなことで、授業にもまともにでない、偶に出ても上の空などという人間に誰が学園の大事を任せたいと思うだろう。
楸瑛や、絳攸は一年間薔薇様の下で学んだという実績もあって、生徒たちの目には彼女たちであれば、任せるに足りるという安心がある。

けれど、劉輝は、まるきり一から出発なのだ。それもかなり難しい立場からの立候補となっている。

「だが、今までのことをあれこれ言っても仕方ない。幸い高等部からの入学した生徒も居ることだし、本気で取り組もうとしているということが伝われば、信任されるだろう」
「そうですよ。幸い私たちにはまだ、一緒になって生徒会を運営していくべき『妹』がいない。だから、ライバルがいないだけでもラッキーなんですよ」

二人の言葉に劉輝は顔を輝かす。厳しいこともいうが、彼女たちは、真剣に劉輝のことを考えてくれている。
そう思うと嬉しくてつい顔が綻んでしまう。

「何を、にやにや笑っているんだ?」
「何でもないのだー」

本番までいよいよ後一週間。
劉輝は絳攸の教室にかけられたカレンダーを見つめると、よしっと気合を入れるのだった。

慌しく日々は過ぎ、気がつけばあっという間の選挙当日となっていた。

劉輝の面倒をみていた絳攸たちだったが、自分たちも生徒会長である、「薔薇様」になるべくして、立候補した選挙であるので、流石に緊張の色は隠せない。
楸瑛の三人の姉たちは、事前に『祝、青薔薇確定』という、励ましなのだか、プレッシャーをかけたいのだか分からない手紙を送って寄越していたが、絳攸の『姉』である、現、紅薔薇の黎深からは未だに何も言ってはこなかった。

今は壇上で静蘭が演説していて、物静かな外見とは裏腹に、中々に堂々とした演説ぶりで、生徒たちを惹きつけているようだった。
絳攸は幕間からそっと、その様子を伺う。

自分は、果たしてあれだけ堂々と思っていることを、言えるだろうか。
絳攸はふと不安に駆られる。


ここで、万が一にでも落選などしたら、黎深の顔に泥を塗ることになる。

そんな、恩を仇で返すような無様な真似は絶対にできやしない。

絳攸は無意識のうちに、制服の下に隠された黎深から受け継いだロザリオを握り締める。

「絳攸、大丈夫よ。貴方なら絶対、良い『紅薔薇様』になれるわ」

そんな、不安定な絳攸の心を見透かしたのか、楸瑛は、固く握り締めた絳攸の拳の上から、そっと自分の手を重ねる。

あ、ああ。そうだな」

絳攸は、楸瑛の言葉に常の冷静さを取り戻す。
楸瑛とて、絳攸と同じ身だ。

次期青薔薇様として、注目されていて、しかも、名家のお嬢様。たかが、生徒会の会長の椅子とはいえ、万が一にでも落ちましたなどということは許されない。

感じるプレッシャーは、絳攸以上のものであろう。けれども、楸瑛は自分のこと、そっちのけで、こうして絳攸の心配をしてくれる。
その心遣いが嬉しく、絳攸は頬を薄く染める。
自分がこれから、なろうとしているのは紅薔薇だ。姉に守られていれば良かった、蕾の時に別れを告げようとしているのだ。

楸瑛と共に立つために、こんなとことで臆していては話にならない。

やがて、静蘭の演説が終わったのか、場内は割れんばかりの拍手に包まれ、絳攸の名が呼ばれるが、先ほどまでの緊張はなく、自分の持てる全ての力をだしきり、やるべきことをやるだけだと、凪いだ水面のような気持ちで絳攸は椅子から立ち上がる。

「お姉さまがいなくては何もできない紅薔薇様とは呼ばれたくないからな」

行って来る。と一言告げ絳攸は壇上に向かう。

マイクの前にきて、原稿に一度目を落とし、再び顔をあげたとき、絳攸は驚きに目を見開く。

体育館の壁に寄りかかり、こちらをまっすぐに見つめてくる黎深の姿を見つけたのだ。
いつもの気まぐれであろうが、理由などどうでも良い。黎深がこの場に来てくれた。絳攸にはそれだけで十分だった。

絳攸の胸に輝くロザリオ。その輝きに負けないくらいの光を自分も放とう。
黎深の瞳を見返した後、絳攸は頷くと自信に満ちた声でこの場に集まった生徒たちに語りかけるのだった







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