藍龍蓮の憂鬱


それは、ある麗らかな春の日のことだった。

藍楸瑛の不幸な日々は、兄たちからの手紙を郵便受けにみつけたことから始まった。

「龍蓮、貴陽入試」

手紙にはそれだけが書かれていて、その短すぎる文面に対して、常に涼しい顔を崩さないでいる楸瑛の表情が、これからくる嵐を予測して、一気に青冷めたのであった。

 

「まさか、あれが帰ってくるとは…」

楸瑛は、重い足取りで通いなれた、学舎へと登校する。

弟である、藍龍蓮は、兄である自分からみてもかなり奇矯な人物だった。

親や、楸瑛の兄たちから言わせれば、『天才』ということになるらしいが、極めて常識人を自負している自分から見れば、その行動はかなり紙一重なものだった。

その紙一重さ故にか、一処にじっとしていられるような器ではなく、あちこちの国を放浪していたのだが、兄たちも流石に年齢的にもそろそろまずいと思ったのか、同年代のものたちと机を並べて、生活するように仕向けたらしかった。

(それなら、そうと何故、兄たちも前もって知らせてくれないのか)

携帯電話という便利な道具がある現在においても兄たちは、手紙を送って寄越す。

それも、手紙と呼べるであろうかというはなはだ疑問な短文でもって送ってくるのであった。

「とにかく、今更どうこう言おうと龍蓮が入学してしまった以上、どうにもならないけれどね」

溜息と共に呟いて、楸瑛は己の不幸を呪うのだった。

 

 

そして、数日後楸瑛の嫌な予感は的中することとなった。

『一年の藍龍蓮っていうのが、どうやら電波系らしい』龍蓮の入学後、二週間ほどで、その噂は楸瑛の属する、三年生の教室にまで聞こえてきた。

どうやら、そうそうに問題発言をしたらしい龍蓮を捕まえて、兄として道を正すべく、楸瑛は放課後、一年の教室に赴いたのだったが、肝心の弟の姿はなかった。

どこに行ったものかと、探しあぐねていると、いつのまにか旧館と呼ばれる文化部系の部室が集まる棟にたどりついていた。

「から…やめろってば!この馬鹿龍蓮!!」

突然響いてきた少年の切羽詰ったような声に楸瑛は、その声のしたドアを開ける。

すると、そこには探していた弟の姿があった。

 

「久しぶりの再会というのに、愚兄その四よ、何故、そのような顔をしているのだ?」

「龍蓮…」

一体何事かと、ドアを開けたそこは、古びた部室の一室で、突然の闖入者に目を丸くして驚いているのが二名と、至極冷静にこの事態を受け止めている、一名がいた。

「藍先輩…?」

龍蓮を後ろから羽交い絞めにしていた少年は大きな瞳を更に大きく開いてこちらを見たのだった。

「藍先輩、こいつを止めてください、いきなりここの部室に入っていって、今日から自分たちが使う同好会のものにするって言い出すんですよ!」

「同好会…?」

楸瑛は事態が飲み込めず、室内に居る三人の顔を見回す。

「うむ。部員は、ここにいる、珀明と、そこなる紫劉輝なるものだ」

龍蓮はびしっと、椅子に座っている一人の男子生徒を指差す。

「ちょと、待て!僕は入った覚えはない!だいたい、ここは文芸部の部室だろう」

珀明が、怒り心頭といった感じの口調で龍蓮にくってかかる。

「あ、別に私は別に構わないのだ」

今まで、会話に取り残されていた人物がのんびりと口を開く。

―紫劉輝−、この貴陽学園の理事の息子である。どうやら、彼がこの部室の元の主、文芸部員であるらしい。

「もしや、愚兄その四も我々の仲間に入れて欲しくて、ここにきたのか。なれば、断る理由はない」

龍蓮は納得したように頷くのだった。

「だが、龍蓮、同好会は最低5人以上の部員が必要なのだと確か思ったが?」

部屋の片隅で成り行きを見守っていた劉輝が、余計なことをいう。

「そうか。ならば、もう一人とやらを調達してこなければならぬ。善は急げというからには、即刻、行動に移さなければ」

龍蓮は、ちょっとコンビニで、お茶でも買ってくるとでもいうような気軽さで言うと、楸瑛の止める間もなく、部室をでていってしまった。

後に残された三人は、呆然とするばかりであった。

 

「そのすまないね、珀明くん、それにあなたも」

楸瑛は、巻き込まれた被害者たちに、弟に代わって詫びる。

「いえ、止められなかった、僕にも責任があります」

珀明は申し訳なさそうに、頭を下げた。

「珀明とやら、あの藍龍蓮とはどういった関係なのだ?」

どうやら、さほどダメージを受けていなかったらしい、劉輝がもっともな質問をする。

「僕は、奴とはクラスが一緒で、たまたま隣の席だっただけなんです」

溜息をつきながら、珀明は掻い摘んで龍蓮との出会いを話し出した。




TOP  NOVELTOP  NEXT