スキ トキメキト キス
彩雲国の王都貴陽、今日も今日とて若き王、劉輝は書翰と格闘していた。
御璽を押す度に、『あー』だの『うー』だのという言葉にならない声を頻繁に発する為、はじめは聞こえないふりをして、自らの仕事に集中していた絳攸の、その長くはない堪忍袋の緒を切らすはめとなった。
「うるさい!」
ドンッと音をたてて、決済待ちの書翰が執務用の卓に置かれる。
「まぁまぁ、絳攸。どうやら主上はお疲れのようだ。一息入れよう。これ以上続けても主上の能率はあがらないよ」
くすりと笑いを一つ漏らした、楸瑛が助け舟をだす。
「そうなのだ!時間は限られているのだから有効に使わねば損なのだ」
「大威張りで言うことですか!まだ、未処理の案件の方が多いんだぞ」
絳攸に反論を試みたものの、あっさりと返され、劉輝はすごすごと尻尾を巻く。
「ううっ、今日は、お菓子をもらえる日なのに、何故、余はこんなところで仕事をしていなければならないのだ…」
うらめしそうに絳攸を見、次いで楸瑛に縋るような眼を向ける。
「お菓子?何だそれは?」
劉輝のおかしな言動に仕事を根つめさせたかと少々不安になり、傍らの楸瑛と顔を見合わせる。
「知らぬのか二人とも。ならば余が教えてやろう。西の方の風習で、かぼちゃのお化けと共に、お菓子をくれないと、悪戯をするぞ。と言って、脅かしてはお菓子をせしめるという何とも面白いお祭りの日なのだ」
得意そうに胸を反らしながら、説明する劉輝にどうやら、また霄太師に可笑しなことを吹き込まれたのだなと二人は同時に理解し、哀れみを含んだ眼差しを向ける。
楸瑛は、気を取り直すため咳払いを一つすると妥協案を差し向ける。
「見たところ、多くは急ぎでもない案件の用なので、少し頭を休めてから取り掛かっても良いのじゃないかな。主上はその代わり、一休みしたら、集中して片付けると約束されること。これでどうだろう?」
その妥協案に、一方は、目を輝かせながら、コクコクと頷き、もう一方は、眉を顰めながら、渋々と言った感じで、頷くのだった。
実に対照的な二人の様子に、楸瑛はますます笑みを深くする。
本当に可愛らしいことだ。と内心で呟く。その言葉は、はたして、どちらに向けたものであったのかは、謎だが、あるいは両者であるのかもしれない。
「そうと決まれば、余は厠に行ってくるのだっ」
「あ、主上…」
楸瑛が呼びかけるが、劉輝はよほど休憩が嬉しかったのか、執務室を飛び出すと、厠とは反対の方向に喜び勇んで出て行ってしまった。