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椿姫 2
「明日の朝議の議題になると思われますので、目を通していただけますか」
絳攸は、手にした書翰を執務机の上に置くと、黎深の采配を伺う。「目を通すだけは、通しておいてやろう」
「お願いします」
これで、王の元から持ち帰った書翰は全て黎深に渡した。自分の役目は終わったとばかりに、絳攸は一礼をして、侍朗室へ戻ろうとする。「待て、絳攸」
「はい?何か不備でもありましたか?」王の御璽が押される前に自分もそれらに一通り目を通してはいる。特に問題はないと踏んだのだが、黎深からすれば何か気になる箇所でもあったのだろうか。
「茶を入れなさい」
だが、次に発せられた言葉を聞いて、絳攸は一気に脱力する。(ああ、この人はこういう方だった)
自分はこうして時間に追われているというのに、その原因の一つである、仕事をしない尚書黎深は、大貴族の貫禄そのままにゆったりと椅子に座り、優雅に扇子を口許にあてている。
「茶くらい、ご自分で入れたらどうですか」
「私は、入れなさいといっているのだよ。絳攸」暫し、黎深を見つめて無言になる絳攸だったが、やがて観念したのか、のろのろと茶筒を入れてある棚へと向かう。
湯だけは、火鉢にかけられ沸いていたので、先程までの外の寒さでもって、かじかんだ手で茶葉を入れ湯を注ぐ。「あっ…!」
しまったと思ったときにはもう遅かった。かじかんだ手は思うように動いてくれず、盆を取り落としてしまい、次の瞬間、尚書室に磁器が割れる音が響き渡る。
幸い、湯をかぶることは免れたものの、茶器はいくつもの破片となって床に散らばっている。「何をやっているのだお前は。私は茶を入れろといった覚えはあるが、床に零せと言った覚えはないぞ」
「すみません」呆れたような響きとともに黎深の声が頭上から降ってくる。
慌てて、欠片を拾い集めようと絳攸は破片をその細い指で持って掴む。
「痛…ッ!」
慌てたせいだろうか、指に鋭い痛みを感じて絳攸は咄嗟に手を引く。
みれば茶器の破片で、切ったのか血が滲んでいる。「馬鹿が、素手で掴むからだ」
「黎深様?」血を懐紙で拭おうとした絳攸は、不機嫌な声音の黎深にぐいっと手を掴まれ、思わぬ強い力で引き寄せられる。
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