チョコレート革命 3



家に帰ると、絳攸の養母である百合が待ちかねたように、チョコレートを絳攸に渡してくる。
絳攸は、何とか礼を言い、ぎこちないながらも笑顔を浮かべることに成功する。

そうして、少し疲れたので、部屋で休む旨を伝え、自室に篭ると、ベットに体を投げ出す。
何だか、一日の間に色々なことがありすぎて、頭の中が上手く整理できない。

楸瑛は常に頭に花を咲かせているような常春だが、近隣の女生徒たちに並々ならぬ人気を誇っていることは絳攸とて承知している。

頭が良くて、家柄も良い。運動神経も良く、剣道では全国で一、二位を争う腕前。ついでとばかりに顔も良いときては騒がれぬはずがない。

だが、人当たりの良い笑顔と卒の無い、態度を崩さないので、気づかれにくいが、楸瑛は常に人と一線を引いている所があった。
それは彼に群がる女生徒たちにも同様で、告白をされても決して付き合おうとはしなかった。

だから、楸瑛の一番近くに居るのは自分のだと絳攸は根拠のない、自信のようなものがあった。楸瑛の側は居心地がよくて、多くを語らずとも分かりあえていると思っていた。

「彼女とはな…」

間近でみたわけではないが、それでも、短めのスカートから、すらりと伸びた細い足や、艶やかな長い髪などはみてとれた。
いつの間にか、定位置となっていた楸瑛の隣にあっさりと収まった、顔も知らない少女。

「別に、俺には関係ない」

絳攸は呟き、ベットの上で寝返りを打ったときだった。無造作に置いていた携帯が震え、新着メールを告げる、呼び出し音がなる。

のろのろと起き上がり、手を伸ばして液晶を覗き込むと、それは楸瑛からのメールで、簡潔な文で一言、『今から、行っても良い?』と書かれていた。

そういえば、あのとき、ここで話すような内容ではないと楸瑛は言っていた。

まるで、告白のような科白に、慌てたのもほんの数時間前のことだというのに、今はとても返事を返す気分になれなかった。

「別に明日でも良いだろう。返信しなければ諦めるさ」

第一、楸瑛は今頃あの少女と一緒に過ごしているのではないか。

そう結論付けて、絳攸は携帯をベット脇のサイドボードに置く。
そのまま、ベットに伏していると、やがて心地よい、睡魔が襲ってきて、絳攸は瞳を閉じるのだった。

 

 

「…んっ、うるさい…」

絳攸は着信を告げる携帯の音で眠りから、呼び覚まされた。
どれだけ寝ていたのか、気がつけば、日はとうに暮れていて、部屋の中は真っ暗だった。

起き上がった絳攸は、部屋の寒さに身を震わす。そういえば、天気予報では夕方から夜にかけて雪になるといっていたと思い出す。

手を伸ばして携帯を取ると、液晶画面には、『藍楸瑛』の文字。

「楸瑛?」

それも一度ではない。最初に着信があったのは今から二時間も前だ。

「メールも入っている」

何か急用なのだろうかと、絳攸は躊躇いつつもボタンを押す。

『今、君の家の前まで来ている』

絳同じく二時間前のメールに絳攸は目を瞬かせる。

「まさか、まだ居るわけないよな」

携帯の待ちうけ画面に現れたニュースでは首都圏は雪の影響で、高速でスリップ事故が発生したとテロップが出ていたくらいだ。

絳攸は、まさかとは思いつつも、慌てて、窓にかけより、カーテンを開ける。 
そこには、雪明りにぼんやりと浮かび上がるシルエットがあって、呆気に取られる。

「あの馬鹿っ!」

次の瞬間、絳攸はコートに袖を通すと、マフラーを無造作に引っつかみ、階段を勢いよく駆け下りる。

「すいません、百合さま、ちょっと出かけてきます!」
「え、ちょ、絳攸?!」

慌てる百合にも構わず、絳攸は玄関を開け、向かいの道路へと飛び出す。

「楸瑛!!」

肩で息をしながら、絳攸は怒鳴りつける。

「絳攸、どうしたんだい?そんなに息せき切って…」

楸瑛は驚いたふうに瞳を見開くが、絳攸は皆まで言わせず、背伸びをすると、いささか乱暴に楸瑛の首にマフラーを巻きつける。

「この馬鹿!雪も降っているっていうのに、そんな格好で何してるんだ!」
「こんな格好って、コートは着ているよ」

楸瑛はそう言って、すっかり濡れてしまったコートを摘み上げる。

「そういう問題じゃないだろう!」

楸瑛は別れたときと同じ制服姿のままで、コートを着ているといっても、長時間外にいる格好ではないだろう。

「大丈夫だよ。寒稽古でこういうのは慣れているからね」

絳攸の怒りの原因が自分にあると知った楸瑛は安心させるように微笑んでみせる。
そうは言うものの、マフラーを巻くときに偶然触れた頬は氷のように冷たく、そうなのかと頷くわけにはいかない。


 



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